
Netflix映画『ダンス・トゥ・ザ・トップ / Best of the Best』使用の24曲を紹介
テーム・インパラやBLACKPINK、などのアーティストの楽曲もいくつか使用されているため、それらは除外し、あくまでデシ・ミュージック(パキスタン、バングラデシュ、ネパールなども含む)とインド音楽に限定して、使用楽曲を紹介!!
11月10日にDU BOOKSから刊行される「インド音楽ディスクガイド」で紹介した楽曲が多数使用されているのも注目すべきポイント!!
また、オリジナル楽曲として注目のA.R.ラフマーンによる「Aamaasee」は、今のところミュージックビデオや使用シーンが解禁になっていないため、解禁次第、紹介予定だ。
♪DIVINE / Baazigar feat. Armani White
ムンバイを代表するラッパー、ディヴァイン(DIVINE)が米フィラデルフィア出身のアルマーニ・ホワイト(Armani White)を迎えた「Baazigar」。
2022年のアルバム『Gunehgar』に収録された一曲で、カラン・カンチャン(Karan Kanchan)がプロデュースを手掛けている。
最大の特徴は、シャー・ルク・カーン主演の1993年映画『Baazigar』から、アヌー・マリク(Anu Malik)作曲、アルカ・ヤグニク(Alka Yagnik) とクマール・サヌー(Kumar Sanu)がヴォーカルを務めた「Baazigar O Baazigar」をサンプリングしていること。
哀愁を帯びた原曲のヴォーカルを重低音の効いたドリル・ビートへと大胆に組み込み、90年代ボリウッドのノスタルジーを現代のデシ・ヒップホップへと変換している。ディヴァインのヒンディー語を軸とした力強いラップに、後半ではアルマーンの英語ヴァースが加わり、ムンバイとアメリカのヒップホップが交差。インド映画音楽という過去のポップカルチャーを引用しながら、現在のインド・ヒップホップの国際性を鮮やかに示した一曲。
※『Gunehgar』は、「インド音楽ディスクガイド」でも紹介しています。
♪Baazigar O Baazigar / 『Baazigar』より
♪Lost Stories, Bawari Basanti / Kaliyaan
インドのエレクトロニック・ミュージックを牽引してきたロスト・ストーリーズ(Lost Stories)と、インド古典音楽やフォークの要素を現代的な感覚で再構築するシンガー、Bawari Basantiがタッグを組んだ「Kaliyaan」。
2024年10月にBombay Electric Collectiveから発表されたヒンディー語曲で、Lost Storiesがプロデュース、ロスト・ストーリーズとBawari Basantiが共同で作曲し、Bawari Basantiが作詞とヴォーカルを担当している。
ロスト・ストーリーズはPrayag MehtaとRishab Joshiによるデュオで、EDMを出発点としながら、インドの古典音楽やフォーク、ポップスなどをエレクトロニック・ミュージックへと接続してきた。「Kaliyaan」でも、その持ち味が存分に発揮されている。冒頭からBawari Basantiの伸びやかな歌声が前面に置かれ、そこへエレクトロニックなビートやキーボード、ギター、タブラなどが徐々に重なっていく。伝統音楽と電子音楽を単純に並べるのではなく、両者をひとつのポップ・ミュージックとして溶け合わせたフォークトロニカに仕上がっている。
とりわけ印象的なのがBawari Basantiのヴォーカルだ。雨雲や雨粒、花が開いていく様子を描いた歌詞を、インド古典音楽を思わせる細やかな節回しで歌い上げる。「心と心が出会えば、花のつぼみが開いていく」というイメージを中心に据えた歌詞は、自然の風景と人と人とのつながりを重ね合わせたもの。Lost Stories自身も公式YouTubeで本作を「2024年のモンスーン・ソング」と表現しており、雨季を想起させる瑞々しさが楽曲全体を包み込んでいる。
さらに中盤では「ni-sa-ga-ma……」と音名を歌うサルガムが登場する。ここが「Kaliyaan」を単なるエレクトロニック・ポップでは終わらせない重要なポイントで、Bawari Basantiの古典音楽的な歌唱とLost Storiesのプログラミングが真正面から交差する。旋律にはラーガを思わせる色彩が漂いながら、その周囲では電子音、リズム、アコースティック楽器が自在に出入りし、終盤になるにつれてEDM的な躍動感も強めている。
♪Tu Meri / 『バンバン!』より
リティク・ローシャン、カトリーナ・カイフ主演作『バンバン!』より、ヴィシャール・ダッドラニ(Vishal Dadlani)がヴォーカルを務めた大人気ソング「Tu Meri」
大学のなかで、この曲でダンスしているシーンで数秒使用されている。
ちなみに『バンバン!』の使用楽曲に関しては、日本公開時にblock FMで特集している。
https://block.fm/news/bangbang_music
※『バンバン!』OSTは、「インド音楽ディスクガイド」でも紹介しています。
♪Kratex, Shreyas / Taambdi Chaamdi (KSHMR Remix)
インドのプロデューサーでマラーティー文化とハウス音楽を融合させた独自のジャンル「M-House」を生み出したクラテックス(Kratex)とラッパーのシュレーヤス(Shreyas)による「Taambdi Chaamdi」を、世界的EDMプロデューサーのカシミア(KSHMR)が再構築した「Taambdi Chaamdi (KSHMR Remix)」。
オリジナルは2024年に発表され、マラーティー語によるローカルなラップとエレクトロニック・ミュージックを融合したサウンドで大きな注目を集めた。タイトルの「Taambdi Chaamdi」はマラーティー語で「赤い肌」を意味し、シュレーヤスによる強烈なフックと、反復を生かしたミニマルなビートが楽曲の核となっている。
クラテックスはムンバイを拠点とするプロデューサー/DJで、ヒップホップやベース・ミュージックを軸に、インド各地のローカルな言語や音楽文化をクラブ・ミュージックへ接続してきた。一方のシュレーヤスはマラーティー語を武器とするラッパーで、「Taambdi Chaamdi」でも英語やヒンディー語を中心としたインドのメインストリーム・ヒップホップとは異なる、マハーラーシュトラの言語文化を前面に押し出している。
リミックスを手掛けたカシミアは、インド系アメリカ人のプロデューサー。ザ・キャラクタス(The Cataracs)での活動を経てEDMシーンへ進出し、インド古典音楽や映画音楽、民族楽器など自身のルーツを取り込んだ壮大なダンス・ミュージックで世界的な人気を獲得してきた。近年はインドのヒップホップとも接近し、2023年にはディヴァイン、MCスタン、クリシュナ(KR$NA)、シーデー・マウト(Seedhe Maut)らを迎えたアルバム『KARAM』を発表している。
カシミア版でまず耳を引くのは、原曲の特徴だった乾いたビートを、より厚く立体的なクラブ・サウンドへ膨張させている点だ。冒頭ではShreyasの声と原曲のモチーフを比較的シンプルに提示するが、次第にキックと低域を増幅し、上昇するエフェクトや細かく刻まれるパーカッションを重ねながら緊張感を高めていく。そしてフックを合図に一気にドロップへ突入。太く硬質なキックと身体を揺らすベース、短く切り刻まれたシンセが押し寄せ、原曲のストリート感を大規模なフェスティバルでも機能する音圧へと置き換えている。
特に面白いのがヴォーカルの扱いだ。シュレーヤスの「Taambdi Chaamdi」というフレーズを単なる歌詞としてではなく、ビートを構成するリズム素材のように配置。声を反復させ、楽器の隙間へ差し込みながら、マラーティー語そのもののアクセントや語感をグルーヴへ変換している。そのため巨大なEDMサウンドへ変貌しても、原曲の個性が埋没しない。むしろビートが大きくなるほど、短く鋭いヴォーカルの存在感が際立っていく。
また、常に最大音圧で押し続けるのではなく、ヴォーカルを前面に出して低域を一度引き、そこから再びビルドアップしてドロップを爆発させる「引き」と「押し」のコントラストも鮮明だ。ヒップホップ由来のループ感を残しつつ、カシミアらしいフェスティバルEDMの起伏を加えることで、原曲を単純に派手にしたのではなく、観客が集団で反応できる構造へ組み替えている。
「Taambdi Chaamdi (KSHMR Remix)」のおもしろさは、マラーティー語という強烈にローカルな要素を薄めることなく、サウンドのスケールだけを世界水準のEDMへ拡張していることにある。パンジャーブ語やヒンディー語が国外で注目されやすいインド音楽のなかで、マハーラーシュトラ発の言葉とリズムが巨大なクラブ・サウンドの中心に据えられる。ローカルなデシ・ヒップホップとグローバルなダンス・ミュージックが、どちらかに寄せるのではなく真正面から衝突したリミックスだ。
♪Tujhe Dekha Toh / 『DDLJ 勇者は花嫁を奪う』より
1995年公開の大ヒット映画『DDLJ 勇者は花嫁を奪う』を象徴するラブソング。ジャティン=ラリット(Jatin-Lalit)が作曲、アナンド・バークシー(Anand Bakshi)が作詞を手掛け、Kumar SanuとLata Mangeshkarという新旧ボリウッドを代表する歌手がデュエットしている。
シャー・ルク・カーン演じるラージと、カジョール演じるシムランの恋愛を象徴する一曲で、ゆったりとしたテンポにストリングスやシンセサイザー、フルート系の柔らかな音色を重ねた、90年代ヒンディー映画音楽らしい王道のロマンティック・バラード。Kumar Sanuの甘く深みのある歌声と、Lata Mangeshkarの繊細な高音を対比させながら、相手と出会ったことで初めて愛の意味を知ったという感情を大きなメロディーで描き出していく。
楽曲とともに有名なのが、黄色いマスタード畑を舞台とした映像だ。広大な畑のなかでラージが両腕を広げ、その姿を見つけたシムランが駆け寄っていく場面は、『DDLJ』のみならず90年代ボリウッド・ロマンスを象徴するビジュアルのひとつとなった。
『DDLJ』には「Mere Khwabon Mein」「Mehndi Laga Ke Rakhna」など数々のヒット曲が収録されているが、そのなかでも「Tujhe Dekha Toh」は、ラージとシムランの恋そのものを音楽へ置き換えたようなテーマ曲的存在。映画、音楽、スター、そして映像が一体となった、90年代ボリウッド・ロマンスを語るうえで欠かすことのできない一曲である。
※『DDLJ 勇者は花嫁を奪う』OSTは、「インド音楽ディスクガイド」でも紹介しています。
♪Bom Diggy Diggy / 『SKTKS〜お見合い大作戦〜』より
2017年にザック・ナイト(Zack Knight)とジャスミン・ワリア(Jasmin Walia)が発表した「Bom Diggy」を原型とし、翌2018年のボリウッド映画『SKTKS〜お見合い大作戦〜/Sonu Ke Titu Ki Sweety』のために「Bom Diggy Diggy」として再構築された大ヒット・ナンバー。映画版はT-Seriesから2018年2月にシングルとしてリリースされた。
最大の特徴は、英国の南アジア系ポップ・シーンとインドのメインストリームを自然につないだサウンドにある。パンジャブ語と英語を行き来するヴォーカルに、エレクトロ、R&B、ダンス・ポップを掛け合わせ、低音を強調したビートと反復性の高い「Bom Diggy Diggy」のフックによって、一度聴いただけでも耳に残るクラブ・チューンに仕上げている。原曲「Bom Diggy」自体が2017年にSaavnのArtist Originalsから発表された楽曲で、映画版ではボリウッドのパーティー・ソングとしてさらに華やかな方向へとアップデートされた。
ザックの滑らかなR&B系ヴォーカルとジャスミンの軽快な歌声の組み合わせもポイントで、いわゆる伝統的なボリウッド・ソングというより、英国で発展してきたブリティッシュ・アジアン・ポップの感覚を強く残している。その一方でパンジャブ語のフレーズや南アジア的なヴォーカル・サンプルを織り込み、欧米のクラブ・ミュージックとデシ・ポップの境界を軽々と越えていく。
『SKTKS〜お見合い大作戦〜』への採用によってインドの映画音楽市場へ本格的に浸透し、ジャスミンにとってはボリウッド進出を象徴する楽曲にもなった。 2010年代後半に急速に存在感を増した「映画の外側から生まれたインディペンデントなヒット曲が、後からボリウッドへ取り込まれる」という流れを象徴する一曲であり、インド国内と英国南アジア系音楽シーンが接続した2010年代デシ・ポップの代表的ヒットのひとつである。
♪Ghungroo / 『WAR ウォー!!』より
2019年公開のアクション大作『WAR ウォー!!』を代表するダンス・ナンバー。ヴィシャール=シェーカル(Vishal-Shekhar)が作曲、クマール(Kumaar)が作詞を手掛け、アリジット・シン(Arijit Singh)とシルパ・ラオ(Shilpa Rao)がデュエットしている。劇中ではリティク・ローシャンとヴァーニー・カプールが出演し、イタリアのアマルフィ海岸を舞台とした開放感あふれる映像とともに披露された。
「Ghungroo」とは、インド古典舞踊などで踊り手が足首につける鈴のこと。タイトルにもなった「踊りすぎてグングルーが壊れてしまった」というイメージをフックに据え、一夜の自由や高揚感を描いたパーティー・ソングとなっている。
サウンドはインド的な要素を前面に押し出すというより、ファンク、ディスコ、エレクトロ・ポップを横断した都会的なダンス・ポップ。軽快なギター・カッティングと弾むようなベース、電子的なビートを組み合わせ、海辺のリゾートを思わせる爽快感を生み出している。アリジットも得意とする切ないバラードとは異なり、力を抜いた軽やかな歌唱を披露。一方のShilpa Raoは低音を生かした艶やかなヴォーカルで楽曲に大人びた色気を加えている。
さらに、リティクのダンスを最大限に生かしたミュージック・シークエンスも大きな見どころ。スパイ・アクションという『WAR ウォー!!』本編の緊張感から離れ、リゾート、ダンス、ファッションを融合させた華やかな世界を作り上げた。2010年代後半のボリウッドにおける、洗練されたグローバル志向のダンス・ポップを象徴する一曲である。
♪Vaibhav Pani , Vivek Hariharan , Ashwin Adwani / Makhna Ve
映画音楽で知られるヴァイバヴ・パーニー(Vaibhav Pani)とヴィヴェーク・ハリハラン(Vivek Hariharan)、そしてポップスターのアシュウィン・アドワニ(Ashwin Adwani)による「Makhna Ve」は、北インドのフォーク/ポップを思わせる親しみやすい旋律感覚を、現代的なI-POPのプロダクションへ落とし込んだ一曲。派手なEDM的ドロップや重低音で押し切るのではなく、生楽器の手触りを残したアレンジと、空間を広く取ったミックスによって、穏やかでありながら細部まで立体的な音像を作り上げている。
イントロから印象的なのは、輪郭を丸く処理したギターを中心とする弦の響きだ。コードを厚く鳴らすのではなく、一音一音に隙間を設けることで、ヴォーカルが入るための広い空間を確保。その背後には薄いアンビエンスやパッド系の音が敷かれ、乾いたアコースティック感だけに寄りすぎない、柔らかな奥行きを生み出している。
リズムも密度を抑えた作りで、キックを強烈に前へ出すクラブ・ミュージック型ではなく、細かなパーカッションと軽いスネア/クラップ系のアタックを組み合わせながら一定のグルーヴを維持していく。低域ではベースがメロディーを邪魔しない程度に丸く脈打ち、ギターやパーカッションの中高域との間に余白を作っている。この「音を詰め込みすぎない」設計によって、リズム自体は軽快でありながら、どこか夕暮れ時を思わせる温かな空気が漂う。
その中央に置かれるヴィヴェークのヴォーカルも重要だ。声を過度に加工してトラックと一体化させるのではなく、息遣いや声のざらつきを感じられる距離感で配置。低い音域では語りかけるように抑え、旋律が上昇すると声を少し開いていくため、アレンジそのものを大きく変化させなくても自然に高揚感が生まれる。「Makhna Ve」というフックでは、反復される短い言葉と旋律がリズムの一部として機能し、楽曲の中心に強い記憶点を作っている。
また、インド的な要素をシタールやタブラのような分かりやすい記号だけで提示しないところもポイント。フォークを思わせる旋律の運びやヴォーカルの細かな節回しを残しつつ、ギター、丸みのあるベース、控えめな電子音、パーカッションをレイヤー状に配置することで、インド的な情緒を現代的なポップスの質感へ溶かし込んでいる。
音数そのものは決して多くない。しかし、近距離に置かれたヴォーカル、左右へ広がる弦の響き、その奥を薄く埋めるアンビエンス、下から支えるベースという前後左右の配置が明確で、ヘッドフォンでは各レイヤーの距離感まで感じられる。大仰な展開ではなく、音の「隙間」と質感によってロマンティックな温度を作り出している点に、「Makhna Ve」の魅力がある。
♪Peechay Hutt / 「コーク・スタジオ・パキスタン」シーズン14より
2022年の「コーク・スタジオ・パキスタン」シーズン14で発表された「Peechay Hutt」は、パキスタンの新世代R&B/ポップを代表するハサン・ラヒーム(Hasan Raheem)、ジャスティン・ビーバーのカヴァー曲動画がきっかけでデビューした姉妹デュオ、ジャスティン・ビビズ(Justin Bibis)、エレクトロニック・プロデューサーのタラル・クレーシー(Talal Qureshi)が顔を合わせたダンス・ナンバー。作曲はハサン、タラル、ズルフィ(Xulfi)、プロデュース/アレンジはタラルとズルフィが手掛けている。
冒頭から飛び込んでくるのは、硬く乾いた電子ドラムと、細かく刻まれるパーカッション。それに太く弾むシンセ・ベースが絡み、低域は重量感を持たせながらも引きずらず、音が跳ね返るような独特のグルーヴを作る。実際の演奏にはエレクトロニック・ドラムやオクタパッドだけでなく、ジャムロック、ウッドブロックといった複数の打楽器が投入されており、電子的なビートの隙間から生々しい打音が次々と飛び出してくる。さらにシンセやリンストルメント、アコースティック・ギターまで重ねられ、トラック全体はミニマルに聞こえながら、実際にはかなり多層的だ。
ハサンは、その上を滑るような脱力したヴォーカルを披露する。メロディーを大きく歌い上げるのではなく、ラップと歌の中間を漂うようなフロウでビートのわずかに後ろを進み、クールで気だるい空気を作る。一方、ジャスティン・ビビズが登場すると音楽の表情は一変。「Peechay Hutt(後ろへ下がれ)」という短いフレーズを鋭く反復するコーラスは、歌というより掛け声に近く、二人の力強い声そのものが追加の打楽器としてビートへ食い込んでいく。
特に面白いのは、いわゆる「伝統音楽+現代音楽」という分かりやすいフュージョンにしていないこと。生のパーカッションを民族音楽的な装飾として後ろに置くのではなく、電子ドラムやシンセ・ベースと同じリズム・マシンの構成要素として扱っている。そのため、ウッドブロック系の乾いた高音、皮もののパーカッションが持つ中低域、電子ドラムの鋭いアタック、シンセ・ベースの丸い低音が異なる高さから噛み合い、機械的でありながら身体性の強いビートが生まれている。
ハサンの「引いた」歌唱とジャスティン・ビビズの「押す」歌唱、電子音と生楽器、ミニマルな反復と騒々しいパーカッションという正反対の要素を衝突させながら、それを約4分のダンス・ポップへまとめ上げた一曲。「Coke Studio=伝統音楽を現代化する場所」という従来のイメージからさらに踏み出し、パキスタンの若い世代が聴くR&B、エレクトロニック、ヒップホップの感覚そのものをコーク・スタジオへ持ち込んだ、シーズン14の方向性を象徴する楽曲のひとつである。
♪Dhee ft. Arivu / Enjoy Enjaami (Prod. Santhosh Narayanan)
2021年に発表され、インド国内を越えて世界的なヒットとなったディー(Dhee) とアリヴ(Arivu)による「Enjoy Enjaami」。A.R.ラフマーン(A.R. Rahman)が立ち上げたプラットフォーム/レーベル「maajja」から発表され、サントーシュ・ナーラーヤナン(Santhosh Narayanan)がプロデュースを担当した。タミル語のインディペンデント・ミュージックが、映画という巨大な流通経路を介さず単独の楽曲として国際的なリスナーへ届いた点でも重要な作品である。
サウンドの核となるのは、タミルのフォークを思わせる土着的なリズム感覚と、現代的なベース・ミュージックの融合だ。乾いたパーカッションが細かく跳ね、その下を重量感のある低音が反復。一直線な四つ打ちではなく、大小さまざまな打音をずらしながら組み合わせることで、身体を左右に揺らすような独特のグルーヴを生み出している。さらに手拍子や掛け声、電子的な音響処理を加え、民俗的な祝祭空間を巨大なサウンドシステムで鳴らしているかのような、土臭さと現代性を併せ持つ音像へと仕上げている。
その上で強烈な存在感を放つのがディーのヴォーカルだ。鼻にかかった独特の声色と、音節を小刻みに跳ねさせるフレージングが特徴で、冒頭の「Cuckoo Cuckoo」から声そのものがリズム楽器のように機能する。対するArivuは、ラップ、語り、民謡的な掛け声を自在に往復。一語一語を打ち込むようなパーカッシヴなフロウによって、ディーとはまったく異なる角度からビートへ食い込んでいく。この二人の声のコントラストこそが、楽曲に強烈な推進力を与えている。
また「Enjoy Enjaami」の重要性は、そのサウンドだけにあるわけではない。アリヴの歌詞には土地、自然、農耕、祖先といったモチーフが繰り返し登場し、彼の祖母ヴァッリアンマ(Valliamma)を含む、土地と結びついて生きてきた人々の記憶が背景に置かれている。軽快で踊れる楽曲でありながら、その内側には土地を耕してきた人々や自然への敬意が織り込まれているのだ。
タミルのフォーク、ヒップホップ、エレクトロニック、ベース・ミュージックを混ぜ合わせながら、それぞれを単純な「民族音楽+現代音楽」という構図には押し込めない。ディーの唯一無二の歌声、アリヴの言葉とフロウ、サントーシュの大胆なプロダクションが噛み合った、2020年代の南インド発インディペンデント・ミュージックを象徴する一曲だ。
♪Maamadura / 『ジガルタンダ・ダブルX』より
劇中で「Enjoy Enjaami」と合わせて、ディーのリミックス・ダンス対決として使用されている。
2023年公開のタミル語映画『ジガルタンダ・ダブルX』からのダンス・ナンバー。サントーシュ・ナーラーヤナンが作曲・編曲・プログラミングを手掛け、ディーとサントーシュ自身が歌唱、ヴィヴェク(Vivek)が作詞を担当している。ラガヴァ・ローレンスとS.J.スーリヤーが主演する映画の持つ、1970年代的な土臭さと過剰なエネルギーを、そのまま音楽へ変換したような一曲だ。
音の中心にあるのは、ブッダール・カライ・クジュ(Budhdhar Kalai Kuzhu)が演奏するインド系リズムと電子的なプロダクションの組み合わせ。低く響く太鼓系の打音と、硬く乾いた高音域のパーカッションを交互に打ち込み、そこへ低域を強調したキックやベースを重ねることで、地面を踏み鳴らすような重量感のあるグルーヴを作っている。
一方、旋律楽器を大量に重ねるのではなく、打楽器の隙間にキーボードや電子音を差し込むアレンジが特徴的。フレーズを短く切り、ヴォーカル、コーラス、パーカッションが互いに応答するように配置されているため、楽曲全体が巨大なコール&レスポンスとして動いていく。とりわけ男性コーラスの掛け声はバック・ヴォーカルというよりリズム隊の一部に近く、Dheeの声に集団で返答することで祝祭的な熱気を膨らませている。
その中心で異彩を放つのがディーだ。独特の鼻にかかった声を鋭く前へ突き出し、滑らかに旋律をつなぐのではなく、短い音節を跳ねさせながらビートへ打ち込んでいく。「Maamadura Annakodi」という反復性の高いフックも、メロディーであると同時に掛け声として機能する。対するサントーシュの男性ヴォーカルは、整った歌唱というよりも野太い合いの手として割り込み、ディーとの掛け合いをさらに荒々しくしている。
サントーシュらしいのは、こうしたフォーク的な身体性を「伝統音楽らしく」整えすぎていないところだ。生々しい打楽器、電子的な低音、ディーの癖の強い声、集団の掛け声をあえて雑然と衝突させ、その混沌そのものをダンス・ミュージックへ変えている。
『ジガルタンダ・ダブルX』という映画の猥雑さ、荒々しさ、ユーモアを凝縮しながら、マドゥライを想起させるローカルな感触を強烈なビートへ転換した「Maamadura」。洗練されたクラブ・サウンドとは正反対の方向から、身体を直接動かすリズムの快楽へ到達した、サントーシュらしいフォーク×エレクトロニックのダンス・ナンバーである。
※『ジガルタンダ・ダブルX』OSTは、「インド音楽ディスクガイド」でも紹介しています。
♪Oo Antava Mawa..Oo Oo Antava (Telugu) / 『プシュパ 覚醒』より
2021年公開のテルグ語映画『プシュパ 覚醒』を代表するダンス・ナンバー。デーヴィ・シュリー・プラサード(Devi Sri Prasad)ことDSPが作曲、チャンドラボーズ(Chandrabose)が作詞を手掛け、インドラヴァティ・チャウハン(Indravathi Chauhan)が歌唱。劇中ではアッル・アルジュンとサマンタ・ルス・プラブが出演し、とりわけサマンタによるダンス・パフォーマンスが大きな話題となった。
一聴して耳を奪うのは、妖しくうねる低音と、必要最小限まで削ぎ落とされたリズムだ。冒頭からベースが短いフレーズを執拗に反復し、その周囲へ乾いたキック、クラップ、細かなパーカッションを配置。ビートを大量の楽器で埋めるのではなく、各音の間に意図的な空白を残しているため、一発ごとの打音と低音の動きが際立つ。そこへ蛇が這うように上下する電子音や短い旋律フレーズが差し込まれ、どこか危険で官能的な空気を作り出している。
最大の武器となるのがインドラヴァティの歌声だ。高らかに歌い上げるのではなく、ややハスキーな声で言葉を引っ掛け、語尾を揺らしたり、息を混ぜたりしながら旋律を進める。タイトルにもなった「Oo Antava Mawa/Oo Oo Antava」の部分では、ごく短い旋律を何度も反復。この粘りつくようなヴォーカルとループする低音が絡み合うことで、催眠的なフックを生み出している。
一方、官能的なアイテム・ナンバーという表面的なイメージとは裏腹に、歌詞は男性の視線そのものを皮肉る内容になっている。女性がどのような服を着ていても、肌の色や体形がどうであっても、結局は男性が性的な視線を向けるという構造を、挑発的なダンス・ナンバーの形式を使って歌う。このため、映像が強調するセクシュアリティと歌詞による男性側への批評が同時に存在する、意図的に矛盾を抱えた楽曲でもある。
DSPは大掛かりなオーケストレーションや派手な展開を避け、低音の反復、隙間の多いビート、インドラヴァティのトリップ感のような中毒性がある声という少数の要素に焦点を絞った。その結果、サビで爆発するのではなく、最初から最後まで同じ熱をじわじわと持続させる独特のダンス・グルーヴが生まれている。『プシュパ 覚醒』の泥臭く荒々しい世界観にも馴染みながら、2020年代南インド映画音楽を代表する巨大なヒットへと発展した一曲である。
♪Hanumankind / Big Dawgs
2024年、インドのヒップホップを一気に世界へ知らしめたハヌマンカインド(Hanumankind)の代表曲「Big Dawgs」。ケーララにルーツを持ち、ベンガルールを拠点に活動してきたハヌマンカインドが、ハイデラバードを拠点とする音楽プロデューサー兼DJのカルミ(Kalmi)と組んだ一曲で、「デフ・ジャム・インディア」からリリースされた。インド発の楽曲でありながら、安易に「インドらしい」音色へ頼ることなく、サザン・ヒップホップの荒々しさを現代的なプロダクションへ叩き込んだ作品だ。
トラックは冒頭から容赦がない。歪みを帯びた重い808ベースが低域を占領し、硬質なキックと鋭いスネアがほとんど装飾なしに突き刺さる。カルミは旋律を前面に出すのではなく、短く不穏な電子音と低音のループによって巨大な空白を作り、その中心へハヌマンカインドの声を置く。ビートには2000年代初頭のアメリカ南部ヒップホップ、とくにプロジェクト・パットなどを連想させるバウンス感があり、現代的な低音処理と組み合わせることで、古典的なダーティ・サウスの感触をそのまま再現するのではなく、より巨大で攻撃的な音圧へ更新している。
ハヌマンカインドのラップも、この余白の大きいトラックと抜群の相性を見せる。低く太い声で言葉を一気に吐き出しながら、フロウを細かく切り替え、ビートの表拍に乗るだけでなく、その直前や直後へアクセントをずらしていく。「Wait a minute, get it how you live it」で始まる冒頭から、声そのものを打楽器のように使い、ライムの連鎖によって猛烈な推進力を生み出す。サビを大きなメロディーで開放する構造ではなく、ラップのリズムと声圧そのものをフックとして成立させているのも特徴だ。
そして「Big Dawgs」を世界的な現象へ押し上げたのが、後にバードシャーやアリジット・シンの楽曲も手掛けることになる、ビジョイ・シェッティ(Bijoy Shetty)監督によるミュージックビデオだった。舞台となるのは、インドの祭りなどで知られる「Well of Death(Maut ka Kuan)」と呼ばれる巨大な木製の円筒。バイクや自動車が垂直に近い壁面を高速で走り回る危険なスタントの中心にハヌマンカインド自身が立ち、実際のライダーたちと共演している。高速回転する車両、土埃、群衆、円形の壁を生かしたカメラワークが、楽曲の荒々しいビートと直接シンクロする。
重要なのは、世界市場を狙うためにインド的な記号をサウンドへ分かりやすく盛り込んだ曲ではないという点だ。音楽だけを聴けば、サザン・ヒップホップの系譜に正面から飛び込んだ英語ラップである。その一方、映像では「Well of Death」という南アジアの大衆娯楽文化を強烈なビジュアルとして提示する。この「音では世界のヒップホップと直接勝負し、映像ではローカルな文化を前面に出す」という組み合わせが、「Big Dawgs」を単なるバイラル・ヒット以上の存在へ押し上げた。
インドのヒップホップが国外へ届く際に、必ずしもデシ・サウンドやヒンディー語を「インドらしさ」の証明として使う必要はない。「Big Dawgs」はそのことを世界規模で示し、ハヌマンカインドをグローバルなヒップホップ・シーンへ押し出した、2020年代インド音楽を象徴する一曲である。
ちなみに映画監督のキラン・ラオが「Enjoy Enjaami」と共にお気に入りとして紹介してくれた楽曲でもある。
♪DESI TRILL feat. Natania, Subhi & Shalmali Kholgade / Mumbai Magic
2024年にDESI TRILLから発表された、ナタニア(Natania)、スブヒ(Subhi)、シャルマリ・コールゲイド(Shalmali Kholgade)という3人の女性アーティストによるコラボレーション。「Mumbai Magic」というタイトル通り、インド最大級の都市ムンバイを主役に据え、交通渋滞やリキシャ、チャイ売り、人々の喧騒までを含めた街の日常を、カラフルなポップ・ミュージックへ変換した一曲だ。
サウンドは、ヒップホップやR&Bを土台とするDESI TRILLらしい現代的なビートに、南アジア的な旋律感覚を溶け込ませたもの。96 BPMのミッドテンポで、弾むような低音と歯切れのいいパーカッションが一定のグルーヴを刻み、その上を明るいシンセや短い装飾音が飛び交う。重低音で押し切るクラブ・トラックではなく、リズムに細かな抜き差しを設けることで、混雑した街を人や車が縫うように行き交う感覚を作り出している。
そこへ3人の異なる声質が次々と現れるのが最大の魅力だ。ナタニアの軽快で現代的なポップ・ヴォーカル、スブヒのインド古典やパンジャブ・フォークを背景に持つ旋律感覚、そしてシャルマリの太くソウルフルな声が交差。それぞれを均質なコーラスへまとめるのではなく、声のキャラクターを切り替えることで、わずか2分半ほどの楽曲に目まぐるしい表情を与えている。
テーマになっているムンバイも、単なる華やかな観光都市として描かれているわけではない。シャルマリ自身が語っているように、歌詞にはリクシャー、チャイワーラー、交通、混沌といった街の細部が盛り込まれている。一方、ナタニアはムンバイが与える「アドレナリン」と、そこへ戻ってくれば感じられる「ホーム」としての感覚を曲のテーマとして説明している。スブヒにとってもムンバイは、さまざまな場所から夢を追う人々が集まる「khwaabo ka shehar(夢の街)」だ。
DESI TRILLが掲げるヒップホップ、R&Bと南アジア音楽の接続を、都市そのもののサウンドトラックとして提示した「Mumbai Magic」。伝統と現代、ローカルとグローバル、そして3人の異なる女性ヴォーカルをひとつのビート上で交差させながら、整然とした美しさではなく、騒がしく、せわしなく、それでも人を惹きつけるムンバイのエネルギーをポップに切り取った一曲である。
※「インド音楽ディスクガイド」では、スブヒの日本独占イタンビューを掲載。そして、この「Mumbai Magic」にまつわる話も聞いている。
♪Sidhu Moose Wala / DEVIL
2018年に発表されたシドゥ・ムーセ・ワーラー(Sidhu Moose Wala)のスタジオ・デビュー・アルバム『PBX 1』を代表するダークなパンジャブ・ヒップホップ・ナンバー「DEVIL」。作詞をシドゥ自身、プロデュースを長年のコラボレーターであるバイグ・バード(Byg Byrd)が担当している。
「DEVIL」の音像を決定づけているのは、メロディーを極端に抑え、低音と声に広大なスペースを与えたバイグのプロダクションだ。地面を叩くような重いキック、鋭く乾いたスネア、深く沈み込むベースを中心に、暗いシンセのフレーズを必要最低限に配置。細かな装飾を次々と加えるのではなく、同じ不穏なパターンを執拗に循環させることで緊張感を維持していく。冒頭に入る「Byg Byrd on the beat」というプロデューサー・タグから、すぐに重苦しい空気へ引き込まれる構成だ。
シドゥのヴォーカルも、その空白を埋めるように巨大な存在感を放つ。低く太い声をほとんど加工感なく前面へ押し出し、パンジャブ語の言葉を一語ずつ強く区切りながらビートへ叩きつけていく。高速ラップで技巧を誇示するのではなく、フレーズとフレーズの間に「間」を設けることで威圧感を生み出しているのが特徴。反復される「Devil」のフックもメロディアスなサビというより警告のように響き、トラックの暗さをさらに強調する。
歌詞では、自らと仲間たちを危険な「devils」になぞらえ、彼らに不用意に近づくなと警告する。Ferrari、黒い窓、狩人、アウトローといったイメージを並べながら、自信、脅威、ストリートでの評判を誇示していく内容で、Sidhuがその後も発展させていく反抗的なペルソナが色濃く現れている。
『PBX 1』は複数のプロデューサーを迎えた作品だが、「DEVIL」ではByg Byrdとのコンビネーションが持つ冷たく重厚な側面が前面に出ている。パンジャブ音楽を象徴する華やかなフォーク楽器に頼るのではなく、ヒップホップの低音、反復、余白によってシドゥの声そのものを主役にする。後年、パンジャブ・ヒップホップを世界規模へ押し広げていくシドゥの「声の強さ」をストレートに味わえる一曲である。
※『PBX 1』は「インド音楽ディスクガイド」でも紹介しています。
♪Thoda Resham Lagta Hai / 『Jyoti』より
1981年のヒンディー語映画『Jyoti』から、バッピ・ラヒリ(Bappi Lahiri)が作曲、アナンド・バークシー(Anand Bakshi)が作詞、ラタ・マンゲシュカル(Lata Mangeshkar)が歌唱した「Thoda Resham Lagta Hai」。のちにアメリカのR&B/ヒップホップへ思わぬ形で接続されることになる、80年代ボリウッドの隠れた重要曲である。
サウンドは、バッピと聞いて連想する派手なディスコ・ビート一辺倒ではない。ゆったりと揺れるリズムの上で、弦楽器が長く伸びる旋律を描き、そこへ細かなパーカッションやきらびやかな装飾音が差し込まれる。低音を強く押し出すのではなく、中高域に広がるストリングスとLataの声を中心に組み立てているため、全体には柔らかく官能的な浮遊感がある。
なかでも強烈なのが、「Thoda resham lagta hai」と繰り返されるラタのフレーズだ。旋律は大きく跳躍せず、言葉を滑らかにつなぎながら緩やかに上下する。Lata特有の細く透明な高音とストリングスが重なることで、甘美でありながら、どこか妖しい響きを生み出している。このヴォーカルの反復こそが、20年以上後にまったく別の音楽文化のなかで再利用されることになる。
転機となったのが、2002年のトゥルース・ハーツによる「Addictive」だった。プロデューサーのDJ Quikは「Thoda Resham Lagta Hai」のラタのヴォーカルとオーケストレーションをサンプリングし、重いヒップホップ・ビートとR&Bヴォーカルを重ねた。「Addictive」は全米Billboard Hot 100で9位まで上昇するヒットとなり、結果として「Thoda Resham Lagta Hai」も国際的に注目されることになった。
しかし、このサンプルは事前に権利処理されておらず、権利を持つサレガマが、ドクター・ドレーが設立したことでも知られる「アフターマス・エンターテインメント」などを相手に訴訟を起こした。バッピも原曲の作曲者としてこの問題に関わり、「Addictive」をめぐる騒動は、インド映画音楽とアメリカのヒップホップにおけるサンプリング、著作権、クレジットの問題を象徴する事例となった。
その後には「Kaliyon Ka Chaman」としてリミックスされるなど、原曲自体も新たな生命を得ていく。 もともとはラタの繊細な歌唱とバッピの官能的なアレンジが光る映画歌曲だった「Thoda Resham Lagta Hai」が、約20年後にはアメリカのR&B/ヒップホップと結びつき、世界へ広がった。インド映画音楽がサンプリングを通してグローバル・ポップへ浸透していった歴史を語るうえでも、極めて興味深い一曲である。
♪Bole Chudiyan / 『家族の四季 -愛すれど遠く離れて-』より
2001年公開、カラン・ジョーハル監督の大ヒット映画『家族の四季 -愛すれど遠く離れて-』を代表する「Bole Chudiyan」。ジャティン=ラリットが作曲を手掛け、アミット・クマール(Amit Kumar)、アルカ・ヤグニク(Alka Yagnik)、ソヌー・ニガム(Sonu Nigam)、ウディット・ナーラーヤン(Udit Narayan)、カヴィタ・クリシュナムールティ(Kavita Krishnamurthy)という当時のボリウッド映画音楽を代表するプレイバック・シンガーが集結した、豪華絢爛なアンサンブル・ナンバーである。
音楽の中心にあるのは、インドの婚礼歌や祝祭音楽を思わせる軽快なリズム。ドーラク/タブラ系の打楽器が細かく転がるようなビートを刻み、手拍子や鈴の響きがアクセントを加える。その上ではストリングスやフルート、シンセサイザーが華やかな旋律を次々と提示。低音を強調するダンス・ミュージックとは異なり、中高域に打楽器、歌声、旋律楽器を密集させることで、大勢の人々が一斉に歌い踊る祝宴の賑やかさを音そのものから作り出している。
構成も一人の主人公が歌う通常の映画歌曲とは大きく異なる。女性ヴォーカルによる「Bole chudiyan, bole kangna」という印象的なフックから、男性と女性の歌声が次々に入れ替わり、ソロ、男女の掛け合い、集団コーラスへと拡大していく。それぞれの歌手が異なる登場人物の感情を担うため、一曲のなかで会話が進んでいるように聞こえるのが特徴だ。
タイトルにある「chudiyan」は腕輪、「kangna」はブレスレット/腕輪を意味し、身につけた装飾品が恋心を語り出すというインド映画歌曲らしいロマンティックな表現が用いられている。劇中ではシャー・ルク・カーン、カジーョル、リティク・ローシャン、カリーナ・カプール、アミターブ・バッチャン、ジャヤー・バッチャンら主要キャストが一堂に会し、恋愛だけでなく家族の結びつきまでを巨大な歌と踊りのシークエンスとして見せていく。
ジャティン=ラリットはフォーク/婚礼音楽的なリズムを軸にしながら、2000年代初頭のボリウッドらしい厚いストリングスやポップなシンセ、巨大なコーラスを組み合わせた。親密な恋の歌から家族全員を巻き込む祝祭へとスケールアップしていく「Bole Chudiyan」は、『Kabhi Khushi Kabhie Gham…』が持つ豪華さと家族ドラマの情感を凝縮した、2000年代ボリウッドを象徴するウェディング/セレブレーション・ソングのひとつである。
♪Joy Crookes / Perfect Crime
2025年に発表されたジョイ・クルックス(Joy Crookes)の「Perfect Crime」は、セカンド・アルバム『Juniper』を代表する軽快なオルタナティブ・ポップ/R&Bナンバー。南ロンドン育ちのアイルランド系/バングラデシュ系シンガーであるジョイが自らプロデュースにも参加し、失恋を経て再び誰かと恋をすることへの期待と怖さを、犯罪映画のようなユーモラスな比喩で描いている。
音像は、彼女の持ち味であるレトロ・ソウルを残しながら、従来以上に軽く、隙間のある仕上がり。弾力のあるベースが曲の底を歩き、その上でギターが短いフレーズを刻み、乾いたパーカッションとドラムが少しよろめくようなグルーヴを作る。さらにシンセや口笛がさりげなく顔を出すものの、どの楽器も前面を占領しない。整然と磨き上げるよりも、それぞれの音が微妙にずれながら噛み合う「janky」な感触をジョイ自身も重要視しており、その意図的な不完全さが曲に人懐っこい躍動感を与えている。
ジョイのヴォーカルも重々しいソウル・シンガー然とした歌い方ではなく、低くスモーキーな声を軽やかに跳ねさせる。サビでは「killer」「perfect crime」といった物騒な言葉をキャッチーなフックへ変換し、恋愛へ踏み出すことを、完全犯罪を企てる人物になりきるような遊び心で表現。失恋後の慎重さを抱えながら、それでも新しい相手へ飛び込んでみたいという感情が、明るいサウンドとのギャップによって浮かび上がる。
ジョイ本人はこの曲を、別れた後に友人とバーへ行き、酒を飲みながらデーティング・プロフィールを作ってもらうような瞬間を描いたものだと説明している。つまり「Perfect Crime」というタイトルとは裏腹に、描かれているのは危険な恋そのものではなく、傷つく可能性を知りながら再び恋愛を始めようと自分を奮い立たせる瞬間なのだ。
さらに自身が監督したミュージックビデオはバングラデシュのダッカで撮影され、ジョイ自身のルーツを視覚的に前面へ押し出した。 どこか不揃いなバンド・グルーヴ、スモーキーな歌声、ユーモラスな犯罪映画的モチーフを組み合わせ、失恋後の再出発を悲壮感ではなく軽やかな高揚感へ変えた一曲。『Juniper』でジョイが打ち出した、よりシンプルで自由なサウンドを象徴するポップ・ナンバーである。
♪NAADI / Big NAADI Nod
2025年に発表されたニューヨークのラッパーNAADIによる「Big NAADI Nod」。2000年代初頭のヒップホップへの愛情とニューヨークで育った感覚、そして南アジア系としてのアイデンティティを、ユーモアたっぷりのパンチラインへ詰め込んだ一曲だ。
トラックは100 BPMのミッドテンポで、太く弾む低音と硬いドラムを中心とした、極めてシンプルな構成。メロディーを厚く重ねるのではなく、短いループと歯切れのいいスネアによって首を縦に振らせる「ヘッドノッド」の感覚を作り、NAADIの声が飛び込むための空間を大きく残している。2000年代のニューヨーク・ラップを思わせる無骨なバウンスを土台としながら、低域の処理やヴォーカルの距離感は現代的で、ノスタルジーを単なる再現に終わらせていない。
NAADIはその上を、会話の延長のようなラップとメロディックなフロウを切り替えながら進んでいく。特に面白いのが、南アジア系アメリカ人の日常を極端に具体的な固有名詞やジョークへ変えているところ。カル・ペン、パキスタンの服、親の目を気にする恋愛、割引への執着などを次々と繰り出し、「Brown」であることを抽象的なアイデンティティ論ではなく、生活のディテールとしてラップする。モブ・ディープへの言及やQueensへの愛着も登場し、デシ・カルチャーとニューヨーク・ヒップホップが同じ言葉の流れのなかで自然に共存している。
タイトルの「Big NAADI Nod」自体も、NAADIという名前とヒップホップを聴きながら頭を振る「nod」を掛け合わせたような言葉遊びとして機能する。力強いフックを何度も戻しながら、パンチラインを矢継ぎ早に放つ構成はシンプルだが、その分NAADI自身のキャラクターが前面に出る。
ミュージックビデオにはナーディ・カーン(Naadi Khan)を中心に、ハムザ・ソハイル(Humza Sohail)、『ダンス・トゥ・ザ・トップ』にも出演しているシュレヤ・ナヴィル(Shreya Navile)ら南アジアの俳優陣が参加。楽曲同様、ファッションや仲間との空気感を通じて、現代の南アジア系ディアスポラを「伝統文化」としてではなく、ニューヨークの日常そのものとして映し出している。
パンジャブ・ビートやインド楽器を分かりやすく挿入するのではなく、2000年代USヒップホップの語法そのものを自分の文化的背景で塗り替えていく「Big NAADI Nod」。デシであることとニューヨーカーであることを分離せず、どちらも同時に鳴らすことで成立した、ディアスポラ世代ならではのヒップホップ・ナンバーである。
♪MojoJojo ft. D’Evil / Mawali Qawali
2019年に発表されたD’Evilによる「Mawali Qawali」は、そのタイトル通り、ならず者を意味する「Mawali」と、南アジアのイスラーム神秘主義と深く結びついてきた歌唱形式「Qawwali」を掛け合わせたデシ・ヒップホップ/エレクトロニック・ナンバー。モジョジョジョ(MojoJojo)によるクラブ志向のプロダクションと、D’Evilの癖の強いラップが正面からぶつかった異色作である。
音像の軸となるのは、カッワーリーを想起させるヴォーカルの断片と、太く歪んだ電子ベースのコントラストだ。伝統的なカッワーリーの演奏をそのまま再現するのではなく、声のフレーズを短く切り取り、反復するサンプルのように配置。その下へ重量感のあるキック、鋭いスネア、細かく刻むハイハットを重ねることで、宗教歌唱を思わせる響きを現代的なヒップホップ/ベース・ミュージックの空間へ引き込んでいる。
特に面白いのは、ヴォーカルの「人間臭さ」と電子音の人工的な硬さを馴染ませすぎていないところ。高音域ではカッワーリー的な歌声が伸び、その直後に低域からベースが押し寄せるため、上下方向に大きく振れるような音響的ダイナミズムが生まれる。途中でビートを抜いたり、声だけを一瞬浮き上がらせたりするブレイクも挟み、単純なループの反復にならないよう緊張と解放を作っている。
そのビートを切り裂くのがD’Evilのラップだ。ムンバイのストリート・ラップを背景とする彼らしく、滑らかな歌唱へ寄せるのではなく、子音を強く立てた攻撃的なフロウを展開。低くざらついた声をリズムへ叩きつけることで、背後の伸びやかなヴォーカルとの強烈なコントラストを生み出す。伝統的な歌声、D’Evilの荒々しい声、MojoJojoの電子ビートという三つの異質な質感が、互いを消さずに衝突しているのがこの曲の面白さだ。
MojoJojoはもともとベーシストとして活動した後、EDM、トラップ、ダブステップ、ヒップホップなどを横断してきたプロデューサー。一方のD’Evilはムンバイを拠点とするラッパーで、この組み合わせによって「Mawali Qawali」は単なるカッワーリーの電子リミックスではなく、伝統的な南アジアの声の響きをストリート・ラップとクラブ・ミュージックの双方へ接続した作品となった。
カッワーリーを荘厳なものとして扱うのではなく、その高揚感や反復性を抜き出してヒップホップの荒々しさと衝突させる「Mawali Qawali」。インドの伝統音楽を保存するのではなく、サンプリング感覚で解体して新しいビートへ組み直すという、2010年代後半のインド・インディペンデント/デシ・ヒップホップらしい実験精神が凝縮された一曲である。
♪REHMA / ZERO
パキスタン系アメリカ人シンガー・ソングライター、レーマ(REHMA)ことレーマ・ハッサン(Rehma Hassan)が2026年に発表した「ZERO」。シカゴでパキスタン移民の家庭に育ったレーマは、幼少期からパキスタン音楽とボリウッド音楽の双方に触れる一方、現在はオルタナティブR&Bやエレクトロニック、ダーク・ポップを軸としたサウンドを展開している。「ZERO」にはレーマに加えて、ネパール系アメリカ人アーティストのカーティス・ウォーターズ(Curtis Waters)、チリ系アメリカ人シンガー/プロデューサーのアレ・アラヤ(Alé Araya)がソングライターとして参加している。
音像は、低く脈打つシンセ・ベースと硬質な電子ドラムを軸にしたミニマルな構成。103 BPMのミッドテンポで、細かく刻まれるハイハットや電子音がビートに推進力を与え、その周囲を霞がかったようなシンセが覆っていく。音数をむやみに増やさず、ヴォーカルのために大きく余白を残しているのも特徴で、冷たさと浮遊感を併せ持つダークなサウンドに仕上がっている。
その中央に置かれるレーマのヴォーカルは、力強く歌い上げるというよりも、息を含んだ柔らかな声をマイクの近くで響かせるタイプ。低音域では囁くように言葉を置き、フックでは多重ヴォーカルを重ねることで、それまで閉じていた音場を一気に広げていく。R&B由来の滑らかな歌い回しと、無機質な電子サウンドとのコントラストが、危険と分かっていながら関係へ踏み込んでいくような緊張感を生み出している。
歌詞でも「slow burn」「speeding」といったスピードを連想させる言葉を用いながら、理性と衝動の間で揺れる感情を描写。恋愛に翻弄されるだけではなく、痛みや混乱さえも自身の音楽へ変換していこうとする姿勢が重ねられている。
興味深いのは、レーマがパキスタン系というルーツを持ちながら、「ZERO」ではタブラやシタールなど、南アジア性を分かりやすく示す音を前面に押し出していないことだ。ルーツを記号的な民族音楽とのフュージョンへ置き換えるのではなく、現代のアメリカンR&B/オルタナティブ・ポップの語法そのものを自分の表現として選択している。
♪Curtis Waters / Sleep Talking
ネパール生まれのシンガー/ラッパー/プロデューサー、カーティス・ウォータズが2026年に発表した「SLEEP TALKING」。世界的ヒットとなった「Stunnin’」で知られる彼だが、近年はヒップホップだけに収まらず、インディーズ・ポップやオルタナティブ、エレクトロニックへと表現領域を拡大している。本作は4曲入りEP『LAST DAYS OF DISCO』に収録された楽曲だ。
「SLEEP TALKING」で目立つのは、初期の「Stunnin’」にあった陽気で弾むヒップホップとは大きく異なる、夜の空気をまとったサウンド。輪郭をぼかしたシンセとギター系の音色が淡く広がり、その下を抑制されたドラムが一定のテンポで進んでいく。派手なドロップや強烈な808で押し切るのではなく、少し歪んだ音色や残響を利用して、夢と現実の境目にいるような曖昧な感触を作っている。
カーティスのヴォーカルもラップを前面に出さず、気怠い歌唱を中心に構成。言葉を明瞭に一語ずつ届けるというより、声そのものをトラックへ溶け込ませ、フレーズの末尾をぼかしながら進んでいく。その脱力した歌い方と、反復されるメロディーが「Sleep Talking=寝言」というタイトルにも通じる無意識的なムードを生み、親密さのなかにどこか不安定な感覚を残す。
カーティスはネパールで生まれ、幼少期をドイツやカナダなど複数の土地で過ごしたアーティスト。南アジア系というバックグラウンドを持つ一方、彼の音楽は必ずしもネパールや南アジアの伝統音楽を直接引用するものではない。「SLEEP TALKING」も民族楽器などを記号的に導入するのではなく、現代のオルタナティブ・ポップ/インディーの音響を自身の感覚で組み替えている。
「Stunnin’」のバイラル・ヒットによってラッパーとして知られたCurtis Watersの現在地を知るうえでも興味深い「SLEEP TALKING」。キャッチーさは残しながらも、ビートの強さより霞んだ質感やメランコリックな歌声を重視することで、初期とは異なる内省的なポップへと踏み込んだ一曲である。
♪ KOAD / dirty
インド系アメリカ人ラッパーKOADが2025年に発表した「dirty」は、南アジア系コミュニティに向けられてきた「汚い」といった人種的ステレオタイプを、皮肉とユーモアによってひっくり返したヒップホップ・ナンバー。プロデューサーCONNIEによるトラックと、KOADの挑発的なラップを組み合わせ、重いテーマを説教臭く語るのではなく、あくまで遊び心のあるバンガーとして成立させている。
冒頭では、南アジア系への偏見について語る子どもたちの声が使われ、そこからヴァイオリンの短いフレーズが切り込むようにビートが始まる。弦の音は優雅な旋律として流れるのではなく、鋭く切り刻まれたループとして反復され、その下で太いキックとベース、乾いたスネアが跳ねる。約100 BPMのミッドテンポながら、ヴァイオリンのせわしない動きとドラムの隙間が強いバウンスを生み、古典的な弦楽器をストリート色の強いヒップホップへと変換している。
KOADは囁くような低い声からラップを開始し、声を張り上げるよりも、短いパンチラインをビートの空白へ落としていく。なかでも「自分は清潔なのに“dirty”」という逆説を楽曲全体のジョークとして利用し、南アジア系を一括りにする偏見を、その言葉自体を奪い返すことで笑い飛ばしていく。さらに「食べ物は好きなのに、それを作る人間は嫌う」といった矛盾もテーマとなり、南アジア文化が消費される一方、その担い手には差別的な視線が向けられる状況を突いている。
ミュージックビデオでは、KOADと仲間たちが農場を舞台に踊る姿を中心に構成され、こちらにもシュレヤ・ナヴィルが出演している。南アジア系の若者たちがファッションやダンスを楽しむ空間そのものを前面に押し出している。途中では南アジア文化を表面的に模倣する人物が現れ、音楽そのものを一度止めて排除するというコメディ的な演出も盛り込まれ、文化への敬意と文化の盗用との違いを視覚的なギャグとして提示する。
ヴァイオリンの鋭い反復、低く抑えたラップ、余白の大きなドラムというシンプルな設計によって、わずか2分弱を一気に駆け抜ける「dirty」。南アジア系としてのアイデンティティを単に誇示するのではなく、自分たちに向けられたステレオタイプそのものをヒップホップのパンチラインへ転換した、KOADのユーモアと反骨精神が凝縮された一曲である。
♪ダニエル・ロハス・ウォン / スコア
コスタリカ出身の作曲家、ダニエル・ロハス・ウォン(Daniel Rojas Wang)。中国系とコスタリカ系のバックグラウンドを持ち、ジャズやクラシックの素養に加え、ポップ・ミュージシャンとしての経験も持つなど、多彩な音楽性を武器に映画やアニメーション、テレビ作品で活躍してきた作曲家であり、『ダンス・トゥ・ザ・トップ』においてはスコアを担当。
ダニエルはこれまで『キポとワンダービーストの冒険』や『ヒット・モンキー』などの音楽を担当。また『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』では、EJAEやMark Sonnenblickらとともにオリジナル楽曲のソングライティングにも参加している。同作の劇伴自体はMarcelo Zarvosが担当しており、ダニエルは主に歌曲制作側で参加した作曲家のひとりである。
K-POPを物語そのものへ組み込んだ『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』から、南アジア系ディアスポラのダンス文化を前面に押し出した『ダンス・トゥ・ザ・トップ』まで、音楽とダンスが物語の中心となる作品に相次いで携わっているダニエル。ポップ・ソングと劇伴の両方を理解する彼の経歴が、こうした音楽映画でも大きな強みとなっている。


