
9月4日公開!『冴えないボクと映えるキミ』音楽レビュー
2026年のタミル映画『冴えないボクと映えるキミ/With Love』の音楽を担当したのは、近年のタミル映画音楽において独特の存在感を放っているショーン・ロルダン(Sean Roldan)。
本作では通常版6曲に加え、「Kaadhal Kadhai」「Anisha Theme」「Would Be」を追加した全9曲・約23分のExtended Versionもリリースされている。さらに劇伴だけを収めた全38曲のOriginal Background Scoreも存在しており、かなり音楽に力を入れた作品であることが分かる。
ロルダンは『Jai Bhim』(2021)や『Lover』(2024)などでも知られる作曲家だが、彼の持ち味は、タミル映画音楽の語法を守りながらも、ジャズ、ブルース、フォークなどを自然に混在させるところにある。『With Love』でもその特徴は健在だ。しかし本作の場合、音楽を大仰な「映画音楽」にするのではなく、若者たちの日常や恋愛のすぐ隣で鳴っているポップミュージックへと近づけている。
その方向性を象徴するのが、ヴィジャイナライン(Vijaynarain)が歌う「Aiyo Kadhaley」だ。タイトルの「Kadhal」はタミル語で「愛/恋」を意味するが、ここで描かれる恋愛は決してロマンティック一辺倒ではない。軽快なリズムとどこか脱力したヴォーカル、レトロな質感を持ったアレンジによって、「恋をしてしまった」という困惑や可笑しさまで音楽にしている。
この“格好良すぎない”感覚こそ、本作のサウンドトラックの大きな魅力だ。
続く「Marandhu Poche」では、アディティヤ・RK(Adithya RK)の柔らかな歌声を中心に、よりメロディアスな方向へと向かう。ロルダンはシンセサイザーや電子的なビートを前面に押し出すのではなく、人間の声とメロディの温度を残しながら現代的なポップスへ仕上げている。そのため、2020年代の楽曲でありながら、どこか2000年代から2010年代のタミル映画のラブソングを思わせる懐かしさも漂う。
さらに面白いのが「Morattu Muttal」。Apple Musicもこの曲をサックスを取り入れたスモーキーなナンバーとして紹介しているが、ジャズやブルースを得意とするロルダンらしさが強く現れた一曲だ。
近年のインド映画音楽では、SpotifyやYouTubeで単独のヒット曲として成立させることを意識し、冒頭からフックを配置した2~3分台の楽曲が増えている。そのなかで「Morattu Muttal」は、映画の登場人物の感情や場面の空気を音楽に置き換えるという、かつての映画音楽的な発想を強く残している。
「Ennai Polave」ではスブラシニ(Sublahshini)を迎え、アルバムは再びポップな方向へ。軽やかなグルーヴと女性ヴォーカルが組み合わさり、「Aiyo Kadhaley」と対になるような感覚もある。Apple Musicが本作をポップ、ジャズ、フォーク、EDMなどが混在するサウンドトラックと評しているように、曲ごとにジャンルはかなり異なる。それでもアルバムとして散漫に感じられないのは、ロルダンが一貫して“人間臭さ”を中心に置いているからだろう。
そして最大の注目曲のひとつが「Edhukku Dhan Indha Kaadhal」だ。ここではタミル映画音楽界を代表する作曲家の一人、ユーヴァン・シャンカル・ラージャ(Yuvan Shankar Raja)がヴォーカルで参加している。
これは単なる豪華ゲストという以上に面白い。ユーヴァンは2000年代以降、エレクトロニックなサウンドと孤独、失恋、若者の感情を結びつけ、タミル映画におけるラブソングのあり方を大きく変えた人物だ。そのユーヴァンの声を、次世代のタミル映画音楽を担うロルダンが自分の作品へ組み込むことで、この曲にはタミル映画のラブソング史をつなぐような感触まで生まれている。
Extended Versionに収録された「Kaadhal Kadhai」「Anisha Theme」「Would Be」はそれぞれ1~2分程度と短く、一般的な映画挿入歌というより、劇伴とポップソングの中間に位置するような楽曲だ。 こうした短い楽曲まで独立したトラックとして聴かせる構成は、本作の音楽が単なる“ヒットソング集”ではなく、物語全体の感情を音によって補完することを目的としていることを示している。
そして最後を飾る約1分の「Start With Love」は、フォーク的な要素とEDM的な高揚感を一気に詰め込んだテーマ曲。 たった58秒しかないにもかかわらず、アルバム全体を締めくくるエンドクレジットのような役割を果たしている。
ショーン・ロルダンが大切にしているのは、恋をしたときの浮遊感、気まずさ、幸福感、失恋、思い出、そして自分でも説明できない感情だ。それらをジャズ、ブルース、フォーク、インディーポップ、EDMといった異なる音楽のなかへ落とし込みながら、一つの青春映画の音としてまとめ上げている。
映画音楽でありながら、インディーズのポップアルバムを聴いているようでもある。この距離感こそ、現在のショーン・ロルダンの面白さなのだろう。
派手な一曲で観客を圧倒するのではなく、聴き進めるほど登場人物たちのことが少しずつ好きになっていく。『With Love』はタイトル通り、恋愛そのものよりも、「誰かを好きになる」という不器用で愛おしい感情を音楽にしたサウンドトラックである。
ヴィジャイナラインの日本独占インタビュー調整中!!


