
バイオレンス超大作『Toxic』からヴィシャール・ミシュラが手掛けたサントラがリリース!
『K.G.F』二部作によって、カンナダ語映画のスターから“汎インド映画”を象徴する存在へと駆け上がったヤシュ(Yash)。そんな彼の次なる主演作『Toxic: A Fairy Tale for Grown-Ups』のサウンドトラックは、映画そのものと同様に、最初からカンナダ語圏だけをターゲットにした作品ではない。
2026年8月13日にリリースされたアルバムはには、ヴィシャール・ミシュラ(Vishal Mishra)、ラヴィ・バスルール(Ravi Basrur)、タニシュク・バグチ(Tanishk Bagchi)、アルスラン・ニザミ(Arslan Nizami)ら複数の作曲家が参加し、ヒンディー語、カンナダ語、テルグ語、タミル語、マラヤーラム語という多言語展開が行われているが、メイン盤はヒンディー語版となっており、ヒンディー語版の方が収録曲が多いのも特徴だ。
興味深いのは、『K.G.F』でヤシュのスターイメージを決定づけたラヴィ・バスルールだけに音楽を任せなかったことだ。バスルールが劇伴を担当する一方、歌曲ではヴィシャール・ミシュラを中心に複数の作曲家を配置。結果として『Toxic』は、いかにも南インドのマス映画らしいサウンドトラックというより、ボリウッドの大作映画とインターナショナルなアクション映画の中間を狙ったようなアルバムになっている。
その方向性を最も分かりやすく示しているのが、先行シングル「Tabaahi」だ。ヴィシャール・ミシュラが作曲と歌唱を担当したこの曲は、ロマンティックなメロディーとダークな電子音を組み合わせたナンバーで、重量感で押し切る『K.G.F』とは明らかに異なる。ヤシュの“強さ”だけではなく、危険な色気を前面に押し出すための音楽であり、『Toxic』における彼のスター像がロッキーとは別物であることを最初に宣言する。
続く「Madhosh」は、タニシュク・バグチ、ファヒーム・アブドゥラー(Faheem Abdullah)、アルスラン・ニザミ(Arslan Nizami)による楽曲で、シッダールト・バスルール(Siddharth Basrur)がヴォーカルを担当。エレクトロニックなビートにロック的な荒々しさを重ねながら、サイケデリックな感触も漂わせている。ここでも重要なのは、単純な“ヒーロー登場曲”にしていないことだろう。主人公を神格化するというより、近づいてはいけない男へと変えていく。その意味ではタイトルの「Toxic=有毒」という言葉そのものを音に置き換えたような曲でもある。
アルバム中でも特に印象的なのが「Waqt」だ。ヴィシャール・ミシュラによる楽曲で、EDM、ダブステップ、サイケデリックな電子音が次々と姿を変えていく。近年のインド映画音楽では、一曲のなかでジャンルを大胆に切り替えること自体は珍しくない。しかし「Waqt」はキャッチーなダンスナンバーへ向かうのではなく、どこか不穏な方向へ音を積み重ねていく。その後に収録された「Waqt – Soul Version」では同じ旋律が別の感情を持って聞こえてくるため、映画の物語においてこのメロディーが重要な役割を担っていることも想像させる。
一方、「Chingariyaan」はアルバムのなかでも比較的ポップな楽曲だ。ヴィシャール・ミシュラとジョニタ・ガンディー(Jonita Gandhi)という組み合わせも強く、ミシュラのメロディーメーカーとしての魅力がストレートに出ている。『Toxic』という作品が持つ暴力的で退廃的な世界観のなかに、男女の関係性やロマンスを入り込ませる役割を担っているようにも感じられる。
そして「Peek A Boo」は、そのタイトル通り遊戯的な感覚を持つ一曲。だが、そこにある“遊び”は決して無邪気ではない。追う者と追われる者が入れ替わるような緊張感があり、子どもの遊びを犯罪映画的なサスペンスへ変換しているような面白さがある。『Toxic』の副題が“A Fairy Tale for Grown-Ups”であることを考えると、童話や子どもの世界に存在するモチーフを、大人のための暴力的な物語へ反転させるという映画のコンセプトとも相性がいい。
さらに面白いのが、「His Aura Hits You」「Father & Son」「Blood On Blood」といった、一般的な映画歌曲とは異なるテーマ曲がアルバムに組み込まれていることだ。
とくに「Father & Son」と「Blood On Blood」は、このアルバムが単なるヒット曲集ではなく、物語と密接に結びついたサウンドトラックであることを強く意識させる。家族、血、継承、暴力といったキーワードが浮かび上がり、それまでの派手な電子音楽とは異なるドラマ性を与えている。映画を観る前と観た後では、印象が大きく変わるタイプの楽曲だろう。
タイトル曲「Toxic」も重要だ。アルバム全体に散らばっていたダークな電子音、ロック、オーケストレーション、クラブミュージック的な要素を集約しながら、“Toxic”という作品そのものの音像を作り上げていく。アルバムはEDM、サイケデリック、ダブステップ、テクノ、ポップ、オーケストラなど非常に幅広いジャンルを横断しており、現代インド映画音楽の雑食性を象徴するような構成になっている。
ただし、この多様性は『Toxic』最大の魅力であると同時に、弱点にもなっている。全体を通して聴くと、『K.G.F』ほど強烈な“地域性”は感じられない。むしろヴィシャール・ミシュラを中心とした現代ボリウッド的なサウンドの比重が大きく、カンナダ語版を聴いていても、曲によっては「ヒンディー語の楽曲をカンナダ語化した」ような印象を受ける。
しかし、それは必ずしも失敗とは言い切れない。
『バーフバリ』以降、インドでは“汎インド映画”という言葉が一般化したが、音楽については依然として地域ごとの個性が非常に強い。テルグ語映画ならテルグ語映画、タミル語映画ならタミル語映画、ヒンディー語映画ならヒンディー語映画としての音楽的な癖が残っている。そのなかで『Toxic』は、最初からどの地域にも完全には属さないサウンドを作ろうとしているように思える。
つまりこれは、“カンナダ映画を全国向けにする”という発想から、もう一歩先へ進んだサウンドトラックなのだ。
『K.G.F』では、ラヴィ・バスルールの重低音とコーラスがロッキーという男を神話的存在へと変えた。しかし『Toxic』では、同じ方法を繰り返していない。ヴィシャール・ミシュラのメロディー、タニシュク・バグチらのエレクトロニックなプロダクション、ラヴィ・バスルールによる映画的な重量感を混在させることで、ヤシュを“南インドのマスヒーロー”から、よりボーダーレスなスターへと再構築しようとしている。
だからこそ、最初に聴いたときには意外なほど軽く感じる瞬間もあるし、『K.G.F』のような一撃で耳を支配するテーマ曲を期待すると物足りなさを覚えるかもしれない。
だが何度か聴いていると、「Tabaahi」「Madhosh」「Waqt」「Chingariyaan」という歌曲と、「His Aura Hits You」「Father & Son」「Blood On Blood」といった劇伴的な楽曲が互いを補完し、一つの退廃的な世界を形成していることが見えてくる。
『Toxic』の音楽が目指しているのは、“ヤシュの次の『K.G.F』”ではない。むしろ『K.G.F』によって巨大化したヤシュというスターを一度解体し、ロック、ポップ、EDM、テクノ、サイケデリック、オーケストラまで飲み込んだ新しい音楽のなかで、別の危険な男として生まれ変わらせることだ。
地域性が薄れたことへの賛否は当然あるだろう。それでも、複数言語・複数作曲家という現代の汎インド映画が抱える難題そのものを、サウンドトラックのスタイルへ変換したという意味で、『Toxic』は非常に2026年的な映画音楽アルバムである。
ヒンディー語版
タミル語版
カンナダ語版
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