
「Lollapalooza India 2027」に出演決定したインド系アーティストを紹介!!
オリヴィア・ディーンやKATSEYE、スティーヴ・アンジェロといった世界的アーティストの出演が決定し、話題沸騰中の「Lollapalooza India 2027」ではあるが、2026では藤井風が出演することも大きなニュースとなっていた。
しかし……。肝心のインド・アーティストに関しては触れられないままスルーされるという、信じられない記事が連発したこともあり、「NEXT InDoor」では、逆にインドのアーティスト、インド系アーティストを全て紹介!!
アヌシュカ・マスキー(Anoushka Maskey)
アヌシュカは、インド北東部シッキム州ガントク出身、ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライター。フォークやアコースティック・ポップを出発点に、ジャズ、ボサノヴァ、ドリーム・ポップ、ロックなどへ音楽性を広げてきた、現在のインド・インディーズを代表する若手アーティストのひとりである。
幼少期から詩や短編を書くことを好み、兄の影響でギターを始めた。面白いことに右利きながら、兄に教わったことで「右利き用ギターを左利きとして弾く」という独特のスタイルが定着している。大学ではジャーナリズムを学び、卒業後はイベント関連など一般企業で働いたものの、最終的には音楽の道へ進んだ。
本格的なデビューは2020年。コロナ禍のロックダウン中、自室で制作した『Things I Saw in a Dream』を発表した。「Flesh and Bones」「Trampoline」などでは、孤独や変化への恐怖、人とのつながりを求める感情など、パンデミック下の日常を小さな物語として描いている。同年には『C.E.A.S.E.』も発表。こちらでは人間による世界の破壊など、より社会的でダークなテーマへ踏み込み、早くからソングライターとしての振り幅を見せた。
彼女の最大の魅力は、派手なヴォーカル・テクニックよりも歌詞とストーリーテリングを中心に音楽を組み立てることにある。その才能はアンクル・ティワーリ(Ankur Tewari)らからも評価され、2021年にはプラティーク・クハード(Prateek Kuhad)のウィンター・ツアーに参加。その後「Eventide」「So Long, Already. Again.」「The Search for Wild Geese」などを発表し、特に後者では恋愛ではなく「友情の終わり」に伴う喪失感や孤独への恐怖を題材にしている。
近年はアコースティックなフォークだけに留まらず、ジャズ・ポップやボサノヴァ、ドリーム・ポップなども吸収。2025年にはアルバム『Epilogue One』を発表し、初期作品よりも意図的かつ実験的なプロダクションへと進化した。一方で、故郷シッキムの自然や静けさ、ゆっくりとした時間感覚は現在の作品にも深く残っているという。
シッキムというインド北東部のバックグラウンドを持ちながら、英語によるフォーク/インディー・ポップを通して極めて個人的な物語を発信するAnoushka Maskey。映画音楽や大手レーベルだけでは見えてこない、現在のインドのシンガーソングライター文化の成熟を象徴する存在として注目しておきたい。
アディティヤ・ガドヴィ(Aditya Gadhvi)
アディティヤは、1994年にグジャラート州スレンドラナガルで生まれたシンガーソングライター。グジャラートの民謡をルーツに持ち、伝統的な歌唱と現代的なポップ、ロック、エレクトロニック・ミュージックを結びつけながら、地域音楽をインド全国、さらに世界へと届けてきたアーティストだ。
民謡に親しむ家庭で育ち、幼少期からグジャラートの歌や物語に触れてきた。後にウスタッド・ショウカット・フセイン・カーンのもとで音楽を学び、テレビの歌唱コンテスト『Lok Gayak Gujarat』で優勝。さらにA.R.ラフマーンが設立したチェンナイのKM Music Conservatoryにも在籍し、スーフィー/カッワーリーのアンサンブルに参加した。そこでラフマーン本人に歌声を評価され、映画『Lekar Hum Deewana Dil』の楽曲にも参加するなど、早くから映画音楽と伝統音楽の双方で経験を積んでいる。
そんな彼の名前を世界的に知らしめたのが、2023年のCoke Studio Bharatから生まれた「Khalasi」だ。『Scam 1992』などでも知られるアチント・タッカル(Achint Thakkar)が作曲・プロデュース、サウミャ・ジョーシ(Saumya Joshi)が作詞を担当。グジャラートの海を旅する船乗りを題材に、土地に根付いたフォークの力強い歌唱を、ロックや現代的なプロダクションへ接続した。言語の壁を越えてSNSでも爆発的に広がり、グジャラート語の楽曲として異例のヒットとなった。
重要なのは、アディティヤが単に「Khalasi」の一発ヒットで登場した歌手ではないことだ。それ以前から「Rang Morla」「Dakla」「Sharato Lagu」などを通じてグジャラート音楽の世界で活動しており、伝統的なダイロの文化も自身の音楽的ルーツとして語っている。彼自身、活動を始めた頃は周囲がボリウッド曲を歌うなか、自分が育った民謡、詩、物語を歌う道を選んできたと振り返っている。
さらに近年は、グジャラート音楽=ガルバという固定観念からの脱却にも意欲的だ。「Khalasi」で船乗りを描いたのに続き、2025年の「Meetha Khaara」では、アガリヤの人々に光を当てた。華やかな観光イメージではなく、地域に暮らす普通の人々や、そこに受け継がれてきた物語を現代の音楽として発信しようとしている。
アディティヤ・ガドヴィは、伝統をそのまま保存するだけのフォーク歌手ではない。グジャラートの言語、物語、民謡的な歌唱を現代のポップ・ミュージックへ翻訳する存在であり、「Khalasi」の世界的成功は、ヒンディー語やパンジャブ語だけではないインドの地域音楽が、ストリーミング時代に国境を越えられることを示した象徴的な出来事でもある。
アヌーヴ・ジャイン(Anuv Jain)
アヌーヴは、パンジャブ州ルディアナ出身のシンガーソングライター。アコースティック・ギターを中心としたシンプルなサウンドと、恋愛、別れ、孤独、希望といった身近な感情を繊細に描く歌詞によって、インドのインディーズ・シーンから巨大な人気を獲得したアーティストだ。現在ではインド国内の大型フェスやアリーナ級のステージにも立つ存在へ成長している。
彼のキャリアを語るうえで欠かせないのが「Baarishein」だ。もともと2016年にYouTubeで発表した楽曲で、雨をモチーフにした親密なラブソングは口コミやストリーミングを通じて長期的に支持を拡大。その後も「Ocean」「Riha」「Gul」「Alag Aasmaan」「Mishri」などを発表し、派手な映画タイアップに頼らず、自作曲を中心にファンベースを築いていった。
アヌーヴの特徴は、音楽そのものの素朴さにある。初期作品ではアコースティック・ギターやウクレレ、そして歌声という最小限の構成を好み、大掛かりなプロダクションよりもメロディーと言葉を前面に押し出した。ヒンディー語と英語を自然に行き来する歌詞も特徴で、日記や手紙を読んでいるようなパーソナルなソングライティングが、若いリスナーから大きな共感を集めている。
その人気をさらに押し上げたのが、2023年に発表した「Husn」だった。報われない恋愛を題材にした切ない楽曲で、インド国内だけでなくSpotifyなどのストリーミングを通じて海外にもリスナーを拡大。インディペンデントなシンガーソングライターとして活動してきた彼を、インドを代表するポップスターのひとりへ押し上げる大きな転機となった。
リッキー・ケージ(Ricky Kej) with スチュワート・コープランド(Stewart Copeland)
リッキー・ケージとスチュワート・コープランドは、インドを代表する作曲家と、伝説的ロックバンド、ポリスのドラマーという異色の組み合わせ。二人は2021年のコラボレーション・アルバム『Divine Tides』で世界的な評価を獲得した名コンビとして世界的に知られている。
ふたりは、パンデミックによるロックダウンをきっかけに『Divine Tides』の制作が進み、ほぼ全編をリモートで完成させたため、実際に対面したのはグラミー授賞式のわずか1週間ほど前だったという。コープランドの力強く複雑なパーカッションと、リッキーが得意とするインド音楽、オーケストレーション、アンビエントな音響を融合し、自然との共生や環境保護を壮大なサウンドスケープとして描いた。
リッキーは、ベンガルールを拠点とする、ニューエイジやワールド・ミュージックを基盤に、インド古典音楽、民族音楽、オーケストラ、電子音楽などを融合してきた作曲家。環境問題を大きなテーマとしていることも特徴で、南アフリカのフルート奏者ウーター・ケラーマンと制作した『Winds of Samsara』で2015年のグラミー賞ベスト・ニューエイジ・アルバムを受賞し、現在までにグラミー3冠を記録している。
そんな異例のゴールデンコンビが参戦!!
ザ・マンガニヤール・セダクション(The Manganiyar Seduction)
マンガニヤール・セダクションは、インドの演出家兼劇作家ロイストン・アベル(Roysten Abel)が、ラジャスターン州の伝統音楽を受け継ぐマンガニヤールの音楽家たちと作り上げた音楽劇・巨大アンサンブル・プロジェクト。2006年に誕生して以来、インド国内だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなど世界各地で公演を重ねてきた。
マンガニヤールは、ラジャスターン州ジャイサルメールやバルメールなどタール砂漠周辺に暮らしてきた世襲の音楽家コミュニティ。イスラム教徒でありながら、スーフィー音楽だけでなくヒンドゥー教の神々を題材とした歌も受け継ぎ、結婚や出産をはじめとする地域社会のさまざまな行事で演奏してきた。カマンチャやサーランギー、ドーラク、カルタールなどの伝統楽器と力強い歌声によって、土地の歴史や物語を伝えてきた「砂漠の語り部」でもある。
彼らが画期的だったのは、こうした伝統音楽を単なるフォーク・コンサートとして見せなかったことだ。ステージには赤いカーテンと電球で囲まれた数十個の小さなボックスが積み上げられ、その中に40人以上の音楽家が座る。演奏が進むにつれて奏者のボックスが一つずつ点灯し、音と光が次々と重なって、最後にはステージ全体が巨大な音と光の壁へ変貌する。ラージャスターンの伝統音楽でありながら、ロック・コンサートにも匹敵する視覚的なスペクタクルを作り上げている。
インド国内で彼らを広く知らしめた出来事のひとつが、2016年のオーディション番組「インディアズ・ゴット・タレント」シーズン7への出演だった。『デーヴダース』(2002)や『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(2007)などでお馴染みの名女優キロン・ケール(Kirron Kher)が彼らのパフォーマンスを高く評価してゴールデン・ブザーを押し、審査過程を飛び越えてセミファイナル進出が決定。ゴールデン・ブザー獲得者だけが登場したセミファイナルでも審査員投票によって勝ち残り、プレファイナルまで進出した。
インディアン・オーシャン(Indian Ocean)
1990年にニューデリーで結成されたロックバンド。インド古典音楽や民謡、スーフィー音楽とロック、ジャズなどを融合した独自のサウンドを築き、90年代以降のインドにおけるインディペンデント・ロックの発展を語るうえで欠かすことのできない存在だ。
バンドの原点は、スシミット・セン(Susmit Sen)とアシーム・チャクラヴァルティ(Asheem Chakravarty)らによる活動にある。その後、ベーシスト兼ヴォーカリストのラーフル・ラム(Rahul Ram)らが加わり、現在につながるスタイルを確立していった。93年にはセルフタイトルのデビュー・アルバム『Indian Ocean』を発表。当時のインドでは映画音楽が圧倒的な影響力を持っており、オリジナル曲を演奏するロックバンドが全国的な活動を続けること自体が現在以上に困難だった。
大きな転機となったのが、2000年のアルバム『Kandisa』だ。代表曲「Kandisa」をはじめ、インドの伝統的な旋律やリズムをロックのバンド・サウンドと融合。一般的な欧米型ロックの模倣とも、単純な「インド楽器入りロック」とも異なる音楽性を確立し、インディアン・オーシャンを国内外で知られる存在へ押し上げた。「Kandisa」は現在でも彼らを象徴する楽曲としてライブで演奏され続けている。
インディアン・オーシャンの特徴は、インド古典音楽、民謡、スーフィー、ロック、ジャズなどをジャンルの境界を越えて結びつけることにある。タブラや伝統的なリズムを用いる一方、エレクトリック・ギターやベースによる即興演奏も重視。ヒンディー語だけでなく、サンスクリットや地域言語、伝統的な詩なども取り込み、「インドのロックとは何か」を独自の方法で模索してきた。
映画との関係も深い。2005年にはアヌラーグ・カシャップ監督の問題作『Black Friday』の音楽を担当。「Bandeh」をはじめとする楽曲は、1993年のムンバイ連続爆破事件を扱った作品の重苦しい世界観と結びつき、バンドをそれまで以上に幅広い層へ知らしめた。その後も『こちらピープリー村』(2010)や『生と死と、その間にあるもの』(2015)などインド映画との接点を持ちながら、映画音楽とインディペンデントなバンド活動を並行している。
2009年には、中心メンバーであり特徴的な歌声を担っていたアシームが死去。さらに2013年には創設者スシミットが脱退するなど大きな変化を経験したが、ラーフルと94年から参加しているアミット・キラム(Amit Kilam)を中心に活動を継続。メンバーを入れ替えながら新しい世代のミュージシャンとも共演し、30年以上にわたってインドのライブ・シーンに立ち続けている。
インディアン・オーシャンが重要なのは、単に「インドで長く活動しているロックバンド」だからではない。ボリウッドの外側でオリジナル音楽を作り、インド固有の音楽文化と現代的なバンド・サウンドを結びつけ、それを商業的にも成立させた先駆者だからだ。
デシ・ロック、インド・ロックを語るうえで絶対に欠かせない伝説的バンドである。
ブラックストラットブルース(Blackstratblues)
ブラックストラットブルースは、ムンバイ出身のギタリスト兼プロデューサー、ウォーレン・メンドンサ(Warren Mendonsa)によるインストゥルメンタル・ロック・プロジェクト。ブルース、ロック、プログレッシブ・ロック、アンビエントなどを横断しながら、歌詞やヴォーカルに頼らず、ギターそのものに「歌わせる」ようなメロディックなサウンドを特徴としている。
ウォーレンは1990年代からムンバイの音楽シーンで活動し、ロックバンドZeroのギタリストとして知られるようになった。Zeroはペンタグラム(Pentagram)などと並び、ボリウッドとは異なる場所から発展した1990年代末~2000年代のインド・インディーズ/ロック・シーンを代表するバンドのひとつ。その一方でウォーレンはスタジオ・ミュージシャンとして映画音楽にも参加し、ボリウッドとインディーズという二つの世界を経験してきた。
2000年代半ばにニュージーランドへ移住したことをきっかけに始動したのがブラックストラットブルースだ。2007年にデビュー・アルバム『Nights in Shining Karma』を発表。当初はオンラインで無料公開するという、当時としては先進的な方法を選択した。その後『The New Album』『The Universe Has a Strange Sense of Humour』『The Last Analog Generation』『When It’s Time』など、コンスタントに作品を発表している。
ブラックストラットブルース最大の特徴は、いわゆる「ギター・ヒーロー」的な速弾きを前面に押し出さないことにある。David Gilmourらにも通じる、余白を生かしたフレーズやロングトーンを重視し、ブルース的な感情表現とアンビエントな空間性を組み合わせる。「Ode to a Sunny Day」「Anuva’s Sky」「North Star」「E Major Blues」などでは、ヴォーカルが存在しないにもかかわらず、ギターの旋律そのものが一編の歌のように展開していく。
ライブではウォーレンを中心に、インドの実力派ミュージシャンたちによるバンド編成で演奏することもブラックストラットブルースの魅力だ。長尺のインストゥルメンタル、即興的な展開、徐々に熱量を高めていく構成によって、スタジオ作品とは異なるダイナミックなサウンドを作り上げる。インド国内のフェスティバルやライブハウスを中心に根強い支持を獲得し、インストゥルメンタル・ロックという決して大衆的とはいえないジャンルで独自のポジションを確立してきた。
ブラックストラットブルースは「インドらしい音」を意図的に強調するのではなく、ブルースやプログレッシブ・ロックという国際的な音楽言語のなかで、インド出身のミュージシャンとして活動してきた。こうした存在もまた、インドのロック・シーンが決して「伝統音楽とのフュージョン」だけではないことを示している。
カヤンは、ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライター兼DJ、プロデューサー。R&Bやソウル、ポップスを軸にしたシンガーとしての活動と、ジャンルを縦横無尽に横断するDJという二つの顔を持つ、現在のインド・インディーズを象徴する女性アーティストのひとりだ。
ムンバイの芸術一家に育ち、母親はヒンドゥスターニー音楽の歌手、祖母は古典舞踊家。自身もカルナーティック音楽やカタック、ピアノなどを学び、2017年にはムンバイのThe True School of Musicへ進学した。そこで同世代のミュージシャンと出会い、ファンク・R&Bバンド、キモチヨウカイ(Kimochi Youkai)のヴォーカリストとして活動。その後エレクトロ・デュオ、ナッシング・アノニマス(Nothing Anonymous)にも参加し、インディーズとクラブ双方のシーンで経験を積んでいった。
転機となったのが2020年のパンデミックだった。バンド活動が難しくなるなか、ソロ・プロジェクト”カヤン”を本格始動。「Cool Kids」「Please」「Be Alright」「On My Own」などを発表し、R&Bやネオソウル、ポップ、エレクトロニックをミックスしたスタイルを確立していく。2021年にはSpotifyでインドの女性インディー・アーティストの中でも特に多く聴かれた存在のひとりとなり、Spotify RADARにも選出。さらに2022年には世界の新鋭を支援するYouTube Foundryにもインドから選ばれた。
「DFWM」では強気なポップ/R&Bを打ち出し、シンガポールのラッパー、ヤング・ラージャ(Yung Raja)を迎えた「No Shade」では国境を越えたコラボにも進出。その後もヤシュラージ(Yashraj)、カラン・カッチャン(Karan Kanchan)らインドの新世代アーティストと共演しながら活動領域を広げ、2025年にはEP『Is Love Enough?』を発表した。
そしてカヤンを特徴づけているもうひとつの要素がDJとしての活動だ。自身の歌ではR&B、ソウル、ポップの要素が強い一方、DJセットではテクノやハウスなどの電子音楽から、ヒップホップ、R&B、さらにはオールドスクールなパンジャブ音楽までを自由に横断。「踊れるならジャンルは関係ない」という姿勢で、観客の反応を見ながらセットを変化させていく。歌手とDJを完全に分離するのではなく、どちらにも「セット全体で物語を作る」という共通した考え方を持っている。
ライブ活動も国内に留まらない。SXSW Onlineへの出演を皮切りに、NH7 Weekenderなどインドの大型フェスへ進出し、2023年には韓国のAsia Song Festivalにもバンド編成で出演。Lollapalooza Indiaにも第1回から出演しており、インドのクラブ/インディー・シーンから大型フェスへ進出した新世代を代表する存在となった。
リアは、インド系アメリカ人のシンガーソングライター兼プロデューサー。アメリカ・コネチカット州でインド人の両親のもとに生まれ、テキサス州プレイノで育った。現在はロサンゼルスを拠点に、エレクトロポップやR&B、ダンス・ポップを軸としながら、南アジアの文化やファッションを大胆に取り込んだ音楽を発信している。
母親がインド古典舞踊を教えていたことから、わずか2歳でダンスを始め、幼少期からインド文化とパフォーマンスに親しんできた。15歳だった2016年には人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」シーズン15に出場。地方、スタジオ・オーディションを突破してハリウッド・ウィークへ進出し、早くから全米規模の舞台を経験している。
その後はソングライター兼プロデューサーとして自身の音楽性を磨き、「Devil In A Dress」「Outside」などがTikTokを中心に拡散。両曲に関連する動画は累計1億回以上の再生を記録し、SNS世代のインディペンデントなポップ・アーティストとして急速に知名度を高めた。2024年にはデビュー・アルバム『HUNTER』を発表し、ダークで官能的なエレクトロポップと大胆なヴィジュアルによって独自の世界観を確立した。
リアにとって重要なのが、自身のインド系ルーツを欧米ポップのなかへ積極的に持ち込んでいることだ。単にインド音楽の楽器や旋律を加えるのではなく、ビンディー、ジュエリー、メイク、ボリウッドの華やかさなどをファッションやミュージックビデオへ融合。南アジア系であることを隠して欧米のポップスター像へ近づくのではなく、それ自体を世界へ向けたポップ・アイデンティティとして提示している。
2025年にはEP『COMMOTION』を発表。「Killer」「Mumbai」、Aliyah’s Interludeを迎えた「Haute Couture」などを収録し、よりクラブ志向の強いサウンドへと発展。「Mumbai」というタイトルからも分かるように、自身の南アジアとのつながりをポップ・ミュージックの中心へ置く姿勢も一段と鮮明になった。同年にはLollapalooza Chicagoのステージに登場し、「Haute Couture」を披露している。
そしてリアを語るうえで欠かせないのが、実妹ララ・ラージの存在だ。ララはグローバル・ガールズグループKATSEYEのメンバー。姉妹ともに幼い頃から音楽とダンスに囲まれて育ち、現在は姉がソロ・ポップアーティスト、妹が世界的ガールズグループのメンバーという、それぞれ異なるルートでグローバルな活動を展開している。
その姉妹がLollapalooza India 2027でついに同じラインナップに名を連ねる。それぞれ別のアーティストとしてインドの巨大フェスへ“帰ってくる”というのは、運命以外のなにものでもない。
スクライブ(Scribe)
2000年代半ばにムンバイで結成されたハードコア/メタル・バンド。重厚なギター、メタルコアやポスト・ハードコアにも接近する攻撃的なサウンドを鳴らしながら、インド映画や大衆文化をネタにしたユーモアを大胆に持ち込んだことで、インドのメタル・シーンでも異色の存在となった。2014年当時には結成約10年と紹介されており、インドでメタルやハードコアがまだ完全なアンダーグラウンドだった時代から活動してきたバンドのひとつだ。
長年フロントマンを務めたのが、ヴィシュウェシュ・クリシュナムールティ(Vishwesh Krishnamoorthy)。音楽だけでなく、広告、演劇、スタンダップ・コメディ、俳優、映画監督、映像制作などマルチに活躍する人物で、その多才さと独特な笑いの感覚はScribeのキャラクターにも直結していた。メタルというとシリアスで攻撃的なイメージが強いが、スクライブはその様式自体を遊び場にしてしまったのである。
代表作には『Confect』『Mark of Teja』、そして2014年の3rdアルバムでタイトルに映画『Mr. India』の悪役を引用した『Hail Mogambo』などがある。欧米のハードコア・メタルをそのまま模倣するのではなく、ボリウッドをはじめとするインドのポップカルチャーを冗談やパロディとして持ち込み、激しい音楽と笑いを共存させてきたことがスクライブ最大の個性だった。『The Indian Express』も、こうした「音楽にユーモアを加える」姿勢こそ、他の著名なインド・メタル勢と彼らを分ける特徴だと評している。
その実力はインド国外からも評価され、2011年にはMTV Europe Music Awards(EMA)のBest Worldwide Act部門に関連する候補として選出。当時、インディペンデントかつDIYで活動するハードコア・バンドが国際的なMTVの舞台で注目されたことは、インドのメタル、ロック・シーンにとっても象徴的な出来事だった。
しかし2014年、『Hail Mogambo』発表直後に大きな転機が訪れる。創設メンバーでもあったVishwesh Krishnamoorthyが映画監督などの活動に集中するため脱退。スクライブは後任として、映画音楽でもお馴染みのシッダールト・バスルール(Siddharth Basrur)とヴィラージ・サクセナ(Viraaj Saxena)を迎え、新体制で活動を継続した。
マニーシュ・オン・ザ・ビート(Maneesh On The Beat)
マニーシュ・オン・ザ・ビートことマニーシュ・ビダイ(Maneesh Bidaye)は、トロントを拠点に活動するインド系カナダ人のプロデューサー兼DJ、マルチ・インストゥルメンタリスト。ドレイクを筆頭に、トラヴィス・スコット、ジャスティン・ビーバーら数々の世界的アーティストの作品に携わりながら、長年あまり表舞台へ出ることなくキャリアを築いてきた、いわば「裏方の大物」である。
もともとはDJ M-Rockの名前でトロントのクラブ・シーンを中心に活動していた。若い頃には「Maneeshではヒップホップの名前らしくない」と言われて別名を使っていたというが、後に本名へ戻している。インド系として育つなかでは、学校の教師に名前を正しく発音してもらえないなど、人種や名前をめぐる経験もあったという。それだけに、現在マニーシュというインド系の名前そのものが世界的なヒップホップで知られるようになったことには、本人にとっても大きな意味がある。
プロデューサーとしての大きな転機は2015年。ドレイクがMeek Millに向けて発表したディス・トラック「Charged Up」をNoah “40” Shebibと共同プロデュースしたことで、OVO周辺の制作陣として注目されるようになる。同年にはトラヴィス・スコットの「Maria I’m Drunk」にも参加。ジャスティン・ビーバーとヤング・サグを迎えた同曲はプラチナ認定を受け、マニーシュにとって最初期の大きな成功となった。
さらに2016年、ドレイクのアルバム『Views』では「Keep the Family Close」「Summers Over Interlude」「Views」など複数曲の制作に関与。「Summers Over Interlude」ではほぼすべての楽器を自ら演奏しており、単なるビートメイカーではなく、ソウルやR&B、ジャズなどを吸収したミュージシャンとしての側面も見えてくる。その後もドレイクとの関係は続き、「Too Good」「What’s Next」「Champagne Poetry」など数々の作品に参加してきた。
ドレイク以外で特に大きなプロダクションとなったのが、ギヴィオンの「Heartbreak Anniversary」だ。マニーシュ自身もキャリアを代表する6曲のひとつに挙げており、メランコリックなR&Bを得意とする彼の音楽性を象徴する作品でもある。派手なビートだけで押すのではなく、サンプリング、楽器演奏、ソウルやR&Bの感覚を組み合わせながら、ヴォーカリストの存在感を引き出すプロダクションを得意としてきた。
そして2026年、長年「知る人ぞ知るプロデューサー」だったマニーシュを一気に表舞台へ押し出したのがドレイクの「Shabang」だった。曲中では「Maneesh on the beat, Shabang」というフレーズによってプロデューサー自身の名前が強烈なフックとして使用され、SNSでも拡散。本人が「自分の人生で最高のビート」と語るこの曲によって、それまでクレジットを追う音楽ファンに知られていた名前が、一般リスナーにも浸透していった。
これは、かつて「マニーシュではヒップホップらしくない」と言われてM-Rockを名乗っていた彼のキャリアを考えると象徴的だ。インド系の名前を隠すどころか、その「Maneesh」という名前自体をドレイクが世界的なヒップホップ・ソングのフックにしてしまったのである。
シンガーソングライター兼ラッパーのランジと、プロデューサー兼マルチ・インストゥルメンタリストのクリファーによるデュオ。R&Bとヒップホップを中心に、ジャズ、ファンク、ハウス、スペース・ポップ、さらにはカルナーティック音楽までを横断する、現在のインド・インディーズを代表する新世代の組み合わせだ。
二人が出会ったのは大学時代。音楽を学んでいたChrist Universityで知り合い、最初はカルナーティック音楽とジャズを融合するバンドKelvikkuriで一緒に活動していた。ランジはチェンナイ出身で、幼少期から12年以上カルナーティック音楽を学び、さらにオペラも経験。一方のクリファーはキリスト教徒の家庭で育ち、教会でゴスペルを演奏しながら、ロック、ヒップホップ、R&Bなどへ興味を広げていった。異なる音楽教育を受けてきた二人が出会ったことが、現在のジャンルレスなスタイルの原点となっている。
本格的にデュオとして動き始めたのはコロナ禍。ロックダウン中、プロデューサーのイシャムードことサムドーラ・ダースグプタ(Samudra Dasgupta)を含む3人で生活しながら楽曲制作を進め、2021年にEP『593 Vol. 1』を発表した。その後、「Mutual」「Uno」「Attached」などを通じて注目を集め、ランジの歌とラップを自在に切り替えるヴォーカルと、Clifrによる細かなドラム、シンセ、グルーヴを重視したプロダクションが二人の特徴となっていく。
2023年には『Antihero』や、メバ・オフィリア(Meba Ofilia)やadLらも参加したEP『PLAY ME!』を発表。NH7 Weekenderなど大型フェスへ進出し、2024年にはLollapalooza Indiaに初参加を果たした。単にトラックを流して歌うのではなく、ホーンなどを加えたフルバンド編成やダンサーを導入することもあり、二人自身もライブ・ミュージックを活動の重要な要素として位置づけている。
そして2025年からランジとクリファーの音楽は、さらに社会的かつパーソナルな方向へ進んでいく。「I’M JUST A WOMAN FORREAL」では、男性アーティストが女性や欲望について誇示する表現を逆転させ、女性自身が欲望を語ることで男性の視線を風刺。クリファーによるファレル・ウィリアムズを意識したビートの上で、ランジが官能性とユーモアを武器に従来のジェンダー表現をひっくり返してみせた。
その集大成となったのが、2026年2月に発表されたRANJの誕生日にリリースされた27曲入りミックステープ『27 CLUB』だ。クリファーがエグゼクティブ・プロデューサーを務め、タラル・クレーシー(Talal Qureshi)、ティエナス(Tienas)、adL、コージィ(Cozzy)など13人以上のプロデューサーが参加。ランジ自身や母親の経験をもとに、女性に対する結婚への圧力、身体の自己決定、内面化されたミソジニー、怒りや欲望などを、英語とタミル語を行き来しながら描いている。R&Bやヒップホップの軽快なグルーヴと、インド社会を生きる女性の現実という重いテーマを同居させた作品だ。
2025年には二人でベンガルールからムンバイへ活動拠点を移し、2026年にはSXSW Londonにも出演。大学のカルナーティック・ジャズ・バンドから始まった二人の活動は、インド国内のインディーズ・シーンを越えて国際的な舞台へと広がりつつある。
また、ランジは映画音楽の分野でも活躍しており、『Maa Inti Bangaaram』(2026)や『WAR/バトル・オブ・フェイト』(2025)の楽曲にも参加している。
スワデシ(Swadesi)
ムンバイを拠点に活動する多言語ヒップホップ・コレクティブ。MCだけで構成されたラップ・グループではなく、ラッパー、DJ、ビートメイカー、プロデューサー、グラフィティ・アーティストなどが集まり、音楽を通じて社会問題へ声を上げてきた「Swadesi Movement」として活動している。
その始まりは2013~14年頃。中心人物のひとりMCマワーリ(MC Mawali)が、2012年に起きたデリー集団強姦事件を受けて「Laaj Watte Kai」を制作したことが、スワデシ結成へとつながった。後にMC Tod Fod、Maharya、100RBHらが参加し、ヒンディー語だけでなくマラーティー語、グジャラート語、ベンガル語など、それぞれのルーツに根差した言語でラップする集団へと発展していく。
スワデシの大きな特徴は、最初から社会的・政治的なテーマを活動の中心に置いてきたことだ。環境破壊、カースト、先住民コミュニティ、貧困、政治、社会的不平等などを扱い、単なるパーティー・ミュージックではなく「Music with a Cause」を掲げてきた。2019年の代表曲「The Warli Revolt」では、ムンバイのアーレイ森林開発に反対する先住民ワルリの活動家プラカーシュ・ボイール(Prakash Bhoir)と共演。森林伐採と地域住民の立ち退きに対する抵抗を、ヒップホップとして発信した。
そしてスワデシを一般層にまで知らしめたのが、2019年の映画『Gully Boy』だった。ディヴァイン(DIVINE)やネイジー(Naezy)らムンバイ・ヒップホップを題材とした同作で、彼は「India 91」に参加。さらにMCマワーリはラジニカーント主演『Kaala』(2018)のサウンドトラックにもラッパーとして参加しており、アンダーグラウンドから映画音楽へと活動領域を広げている。
一方、現在のスワデシを理解するうえで欠かせないのが、DJ兼プロデューサーのバムボーイ(BamBoy(Tushar Adhav))だ。BamBoyはヒップホップだけでなくグライムやダブステップ、ベース・ミュージックへと活動を拡張し、Swadesiのサウンドをクラブ・カルチャーへ接続してきた人物。別名義カーリー・ドゥニヤー(Kaali Duniya)ではダブステップを制作し、ムンバイにUKベース・ミュージックの文化を根付かせる活動も行っている。
その象徴が、スワデシによって立ち上げられたクラブ・イベント「Low End Therapy」だ。ダブステップやグライム、ベース・ミュージックを中心としながら、新しいMCやプロデューサーを紹介すると同時に、低カーストをはじめ社会的に周縁化されてきたコミュニティがクラブ・カルチャーへ参加できる場所を作ることを目指している。つまり彼にとってクラブやDJも、単に観客を踊らせるためのものではなく、社会運動とコミュニティ形成の延長線上にある。
ヤシュラージ(Yashraj)
ムンバイを拠点に活動するラッパー兼シンガーソングライター。ヒンディー語と英語を自在に行き来するラップと、攻撃的なフロウだけに頼らない内省的なリリックを武器に、2020年代のインド・ヒップホップを代表する新世代へ成長してきた。2026年にはForbes India「30 Under 30」にも選出されている。
学生時代からラップを書き始め、オープンマイクへの出演やInstagramへのフリースタイル投稿などを通じて活動。リトヴィッツ(Ritviz)の楽曲に自身のヴァースを加えた投稿が注目されたことも、本格的に音楽へ進むきっかけになったという。本人はインドの先達としてディヴァインとネイジー、海外ではナズ、アンドレ3000、ドレイクらから影響を受けたことを明かしている。
2020年にEP『Azaad Hu Mein』で本格デビュー。その後、「Hausla」「DLL」「Raakh」などを発表し、2022年にはTalwiinder、Dropped Outとの「Dhundhala」が大きな注目を集めた。プロデューサーのカラン・カッチャンをはじめ、カシミア(KSHMR)、チャール・ディワーリ(Chaar Diwaari)、ロスト・ストーリーズ(Lost Stories)らとの仕事を重ねながら、ムンバイのヒップホップ・シーンで存在感を高めていく。Rolling Stone Indiaも2024年の「Future of Music」にヤシュラージを選び、力強いデリバリーと緻密なリリック、ジャンルを広げていく姿勢を評価している。
面白いのは、いわゆるハードな「ガリー・ラップ」のイメージだけに収まらないことだ。2024年のEP『Meri Jaan Pehle Naach』ではディスコとヒップホップを融合。ラップを軸にしながら、ダンス・ミュージックやポップへ積極的に接近し、インド・ヒップホップのサウンドを広げている。
さらにヤシュラージは、インディーズと映画音楽の境界も越えている。Netflix映画『そして、見失ったのは』(2023)では「Ishq Nachaawe」に参加し、映画のヒットとともにラッパー以外のリスナーにも名前を広げた。続いてドラマ「マーダー・ムバラク」のタイトルトラックなどにも参加。自らの作品を中心としたインディペンデントな活動を維持しながら、巨大なインド映画産業へ自然に進出している。
そしてキャリアは海外へも広がった。2025年には、マハー・クンブを題材としたプロジェクト『Sounds of Kumbha』への参加によってグラミー賞候補となり、彼自身もForbes Indiaのインタビューで、デシ・ヒップホップの力を世界へ提示することを今後の目標として語っている。ストリートから始まったキャリアが、映画、国際的な音楽プロジェクトへと急速に拡張しているのだ。
ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパル(Varijashree Venugopal)
ベンガルールを拠点に活動するシンガー、フルート奏者、作曲家。カルナーティック音楽を基礎としながら、ジャズ、フュージョン、ワールド・ミュージック、即興音楽へと活動を広げ、インド国内だけでなく国際的なミュージシャンとの共演を重ねてきた。
音楽家の家庭に生まれ、父でフルート奏者のH.S. ヴェヌゴパルらから音楽を学んだ。幼少期から並外れた才能を見せ、公式プロフィールによれば、生後18カ月の時点で100ものカルナーティック音楽のラーガを聴き分け、4歳からコンサート活動を開始したという。その後、本格的にカルナーティック声楽とフルートを学びながら、古典音楽の枠を越えた表現へ向かっていった。
ヴァリジャシュリーの大きな特徴が、カルナーティック音楽の高度な声楽技法を、ジャズ的な即興演奏へ接続していることだ。歌詞を持たない声そのものを楽器のように操い、インド古典音楽の細かな装飾音やリズム感覚とスキャットを融合。いわば「インド古典音楽をジャズ風にアレンジする」のではなく、カルナーティック音楽で身につけた技術そのものを使って、世界のミュージシャンと即興的に会話していく。
そのため共演者も非常に幅広い。Bobby McFerrin、Jacob Collier、Victor Wooten、Béla Fleck、Hamilton de Holanda、Eddie Gomez、そしてSnarky PuppyのMichael Leagueなど、ジャズやフュージョン、ワールド・ミュージックを代表する世界的アーティストと共演してきた。
そんな活動の集大成のひとつが、2024年にGroundUP Musicから発表した初のオリジナル・アルバム『VARI』だ。プロデュースを担当したのはSnarky PuppyのMichael League。「VARI」はサンスクリット語で「水」を意味し、水のように異なる文化の間を流れながら、それらを結びつけるというコンセプトが作品の核となっている。カルナーティック音楽を中心に、インドの打楽器、ジャズ、フォーク、グローバルな即興音楽を組み合わせた作品で、彼女が長年追求してきた越境的なスタイルが形になった。
また、ヴァリジャシュリーはリッキー・ケージとの関係も深い。リッキーのアンサンブルに参加し、国連やWHO関連の舞台でも演奏してきた。リッキーとスチュワート・コープランドによるグラミー受賞作『Divine Tides』にもヴォーカル兼フルートで参加しており、インドのニューエイジ、ワールド・ミュージックを世界へ発信してきた流れの一翼を担っている。
ドン・バット(Donn Bhat)
ムンバイを拠点に活動するプロデューサー、作曲家、シンガー、ギタリスト。エレクトロを中心に、オルタナティブ・ロック、アンビエント、フォーク、ダンス・ミュージックなどを横断し、2000年代からインドのインディー・シーンで独自のポジションを築いてきた。
デリーで育ったドンは、幼い頃から母親が所有していたビートルズやカーペンターズのレコード、父親が好んだウルドゥー詩やカッワーリーに囲まれて育った。学生時代にはギターへ傾倒し、ジョー・サトリアーニやジミー・ペイジなどから影響を受ける。その後デリーのオルタナティブ・ロック・バンド、オレンジ・ストリート(Orange Street)にも参加し、2006年にソロ・デビュー作『One Way Circle』を発表した。
大きな転機となったのが、ライブ・プロジェクトを始動し、2014年に『Passenger Revelator』を発表。電子音、ギター、ロック、フォークなどを混在させ、曲ごとに異なるスタイルを行き来する作品となった。「Disco Disco」のミュージックビデオは、ムンバイのダヒ・ハンディで人間ピラミッドを組む人々を追った短編ドキュメンタリーとして制作され、2015年には米SXSWのミュージックビデオ部門に選出された。
2016年にはアルバム『Connected』を発表。ToymobことAshhar Farooquiらを迎え、「XXL」「Connected」「The Storm」「2000 Years」などを収録した。エレクトロを土台としながら、生楽器や歌、ギターを組み合わせるスタイルは、いわゆるEDM型のDJ兼プロデューサーとは異なり、バンド・ミュージックとクラブ・ミュージックの中間を進むドンらしさを確立していった。
映画や広告音楽の世界でも活動している。映画『僕はドナー』(2012)では「Mar Jaiyan」をプロデュースし、CM音楽ではMeta、Instagram、パナソニックなどさまざまな企業の仕事を手掛けてきた。インディーズ・アーティストとしての作品制作と商業音楽を長年並行している点も、彼のキャリアの特徴だ。
そして近年のDonn Bhatを語るうえで重要なのが、インドの伝統音楽との接近である。2023年には復活したCoke Studio Bharatで、ラシュミート・カウル(Rashmeet Kaur)、プラブ・ディープ(Prabh Deep)、ラジャスターンのサクール・カーン(Sakur Khan Sufi)とともに「Taqdeer」を制作。さらに同じサクール・カーンを迎えた自身の「Swali Hu」では、パンジャブのスーフィー詩人ブレー・シャー(Bulleh Shah)の詩を用い、ラージャスターン民謡とアフロ・ロック、エレクトロを融合した。サーランギーにはサビール・カーン(Sabir Khan)も参加している。
シャンカ・トライブ(Shankar Tribe)
ケーララ州を拠点とするトライバル兼ナチュラル・トランス・バンド。エレクトロ・ミュージックのような反復と高揚感を持ちながら、そのサウンドをディジュリドゥ、ジャンベ、コンガ、ハンドパン、ダルブッカ、ボンゴ、ウード、フルート、ギター、ベース、ドラムなど、多種多様な生楽器によって作り出すのが最大の特徴だ。自分たちの音楽を「Natural Trance」と呼び、インドのインディーズ・シーンでもかなり特殊な位置にいる。
バンド名の「Shanka」は、サンスクリット語のShankh=法螺貝/巻貝に由来する。インドでは古くから宗教儀礼などで使われ、彼らもライブを必ずシャンカを吹くことからスタートする。単なる演出ではなく、音によって空間を清め、観客を日常から切り離していく儀式のような役割を持たせている。そこからパーカッションが少しずつ重なり、反復するリズムが巨大なグルーヴへ変化していく。
興味深いのは、彼らが「インド民族音楽」だけにこだわっていないことだ。オーストラリア先住民文化に由来するディジュリドゥ、西アフリカのジャンベ、中東のウードやダルブッカ、スイスで発展したハンドパン、アフリカ/ラテン系のコンガやボンゴ、さらにラージャスターンのモールチャングなど、世界各地の楽器を一つのアンサンブルに投入する。そこへチャントやマントラ、変拍子、サイケデリックな反復を組み合わせることで、特定地域の伝統音楽を再現するのではなく、架空の「世界の部族音楽」のような音響空間を作り上げている。
2021年の「When Nature Calls」では、このスタイルが明確に表れている。ドラム、複数のパーカッション、ディジュリドゥ、ギター、ベース、フルート、キーボード/シンセに、電子音楽家6091のプログラミングを融合。Bandcampではフォーク、プログレッシヴ・トランス、サイケデリック・トランス、ワールド・ミュージックなど複数のタグが付けられており、バンド自身も既存ジャンルでは括りにくい音楽であることを示している。
その後も「Travelling Gypsies」「Yele」「Eeyyam Pattu」などを発表。2025年には「Mhaso」「Ithemba」「Karmi」などを収めた『Umoja』をリリースし、2026年にはさらに活動領域を広げた。
その象徴となるのが、2026年のマラヤーラム語映画『Balan – The Boy』への参加だ。「Makane Makane」などを含む3曲がリリースされ、実験的なインディーズ、フェス・バンドだった彼らが映画音楽へも進出を果たしたのだ。
ラフィキ(Rafiki)
ムンバイを拠点とするDJ兼プロデューサー、ソハイル・アローラ(Sohail Arora)によるプロジェクト。アシッド、ハウス、テクノ、ブレイクス、エレクトロなどを自在に横断し、ストレートな4つ打ちとブロークン・ビートの中間を行き来するDJスタイルを特徴としている。だが、彼を単なるDJとして説明するだけでは、その重要性は見えてこない。ソハイルは、インドを代表する音楽プロモーター/エージェンシーKRUNKの創設者であり、15年以上にわたってインドのクラブ・カルチャーを支えてきた人物でもある。
SohailのキャリアはRafiki以前から長い。2007~2012年にはムンバイのベイ・ビート・コレクティヴ(Bay Beat Collective(BBC))のメンバーとして活動。ドラムンベースやダブステップを中心としたベース・ミュージックをインドへ紹介し、The Prodigy、Noisia、Netsky、Pendulum、LTJ Bukemら海外アーティストとも共演してきた。BBCは、まだ現在ほどクラブ・ミュージックの基盤が整っていなかった時代に、インドのベース・カルチャーを押し広げた存在のひとつだった。
2012年には、よりベース・ミュージックに特化したソロ名義EZ Riserを始動。ジャングル、フットワーク、ドラムンベース、ダブステップ、ブレイクスなどを追求した。そして2017年頃から、ハウス、テクノ、エレクトロへ活動領域を広げるために始めたのがRafikiである。つまりSohail Aroraは、ひとつのスタイルを変化させてきたというより、EZ Riserではベース、Rafikiではハウス/テクノ/ブレイクスと名義を使い分けながら、インドの電子音楽の変化を追い続けてきた。
そして彼のもうひとつの顔がKRUNKだ。アーティストのブッキングやマネジメント、イベント企画などを通して、インド国内外の電子音楽を結びつけてきた。さらに2020年にはレーベルKrunk Kultureを設立。インドだけでなく南アジア各地のプロデューサーを紹介し、「インドの電子音楽を世界へ」という役割を担ってきた。DJ MagもKrunk Kultureを、南アジアの先鋭的なアーティストを送り出す重要なマルチジャンル・レーベルとして取り上げている。
Rafiki自身もプロデューサーとして本格的に作品を発表している。2023年のEP『The Source』では、ハードコア、UKガラージ、ハウス、ブレイクス、ベースといった約30年にわたるUKレイヴ文化から影響を受けながら、自身のインド的なバックグラウンドを融合。「A London Sound」「Where Is the Honey?」などを収録し、単なる欧米クラブ・ミュージックの模倣ではないサウンドを提示した。
続く2023年の『New Shifts』では自身のKrunk Kultureから作品を発表。さらに2024年にはドイツのレーベルPermanent Vacationから『Anand Mahal』をリリースした。「Anand Mahal」は彼が暮らすムンバイの自宅の名前でもあり、長年ミュージシャンたちが集まり、ジャムや交流を重ねてきた場所への思いを作品化したものだ。クラブのフロアだけを想定するのではなく、より内省的なエレクトロニック・ミュージックへ踏み込んだ作品となった。
またDJとしては、Echoes of Earth、Magnetic Fields、NH7 Weekender、VH1 Supersonicなどインドを代表するフェスティバルへ出演し、海外でもOutlook FestivalやDimensions Festivalなどでプレイ。Anthony Naples、RRoxymore、Roza Terenzi、Eclair Fifi、Ciel、Baba Stiltzらともステージを共有してきた。
カーテン・ブルー(Curtain Blue)
ニューデリーを拠点とするプロデューサー、作曲家、シンガーのアビシェーク・バティア(Abhishek Bhatia)によるソロ・プロジェクト。エレクトロニカを軸に、ダウンテンポ、アンビエント、インディー・ポップ、ロックなどを横断し、近年はサーランギー、ハルモニウム、タブラ、ドーラクといったインドの楽器まで取り込んだシネマティックなサウンドを展開している。
アビシェークの原点は電子音楽ではなくロックにある。2000年代からデリーのエクスペリメンタル/オルタナティブ・ロック・バンド、ザ・サーカス(The Circus)のヴォーカリストとして活動。長年バンドでステージに立つ一方、コンピューターを使った音楽制作へ興味を広げ、2013年にソロ・プロジェクト、カーテン・ブルーを始動した。
初期カーテン・ブルーの特徴は、暗く内省的な電子音楽だった。レディオヘッドやジョン・ホーキンスなどから影響を受け、加工されたヴォーカル、細かく分解されたビート、シンセサイザーを重ねたサウンドを構築。本人も単純なダンス・ミュージックではなく、自宅でギターや弦楽器を使って作ったアイデアをエレクトロニカへ変換していると説明している。2015年には4曲入りのデビューEP『Drones』を発表した。
その才能を早い段階で評価したのがドイツのプロデューサー、ロボット・コーチだった。2013年の第1回Magnetic Fields Festivalでカーテン・ブルーのライブを見たKochがその音楽を気に入り、交流がスタート。その後、KochのEP『TSUKI』やアルバム『Hypermoment』へつながるコラボレーションへ発展した。Curtain Blueは英国のThe Great Escape Festivalなどにも出演し、インドのオルタナティブ・エレクトロニカを海外へ持ち出した初期世代の一人となっていく。
また、インドの女性エレクトロニック・アーティストコモレビ(Komorebi)との交流も深い。2020年には共同EP『Green Tea』を発表し、カーテン・ブルーの幽玄なヴォーカルとコモレビのエモーショナルな電子音響を融合。その後も「Birds and Bees」などで共演している。
2022年には4曲入りEP『S.T.R.I.P.E.S.』を発表。以前のダークなエレクトロニカから変化し、ブラスや生楽器を電子音と組み合わせた、より柔らかく有機的なサウンドを打ち出した。長年特定のジャンルへ自分を当てはめるのではなく、作品ごとに新しい音響を探してきたことがカーテン・ブルーの特徴でもある。
そして近年、その音楽性はさらにインドのルーツへ接近している。現在の公式プロフィールでは、ハルモニウム、サーランギー、タブラ、ドーラク、ブラス、生楽器、アナログ・シンセなどを組み合わせ、「cinematic Indo Western sound」を作るプロジェクトへ進化したと説明されている。初期のカーテン・ブルーが欧米エレクトロニカの文脈にあったことを考えると、これは大きな変化だ。
2026年には新曲「Wirebound」を発表。インドのリズムとインディー・ポップ、電子音楽を融合した楽曲で、さらに7曲入りEP『Kesar』へ向けた作品であることも伝えられている。約10年以上続けてきたカーテン・ブルーというプロジェクトが、電子音楽と自身のインド的アイデンティティをより直接的に結びつける段階へ入っている。
ラン・イッツ・ザ・キッド(Run It’s the Kid)
彼らの音楽を特徴づけるのは、派手なギター・ロックではなく、どこか寂しく、夢の中を漂っているような感覚だ。3拍子を基調としたワルツ、フォークやインディー・ロック、繊細なギターとヴォーカルを組み合わせ、恋愛や別れ、人間がどのように生きていくのかといった日常的な感情を描く。ヴォーカル/ギターのシャンターヌ・パンディット(Shantanu Pandit)によれば、初期楽曲の多くはストレートな3拍子に限定されないものの、何らかの形でワルツを変形させたものだった。
ニューデリーを拠点とするオルタナティブ/インディー・ロック・バンド。シャンターヌ、ドゥルーヴ・ボーラ(Dhruv Bhola)、ダニク・ゴーシュ(Danik Ghosh)、バイラヴ・グプタ(Bhairav Gupta)によって2013年頃から活動を始め、自分たちの音楽を「ムーディー・ワルツ」と表現してきた異色の存在だ。
2016年には「Love We’re Made From Porcelain」を発表。Rolling Stone Indiaは当時、この曲を夢見心地のスロー・ワルツとして紹介している。同年2月29日には10曲入りのセルフタイトル・デビューアルバム『Run It’s the Kid』をリリース。コルカタのBlooperHouse Studiosでミティ・アドィカリ(Miti Adhikari)とレコーディングし、「Forgetting How to Swim」「Souls to Save」「June」「The Big Parachute」などを収録した。
ところが、その後ラン・イッツ・ザ・キッドは長い沈黙に入る。現在の公式リンクページでも、彼ら自身が「10年の活動休止を経て復活したニューデリーのカルト・バンド」と説明している。メンバーそれぞれが別の活動へ進み、ラン・イッツ・ザ・キッドとしては、2016年のアルバムが長らく唯一の作品となっていた。
その状況が大きく変わったのが2025年だ。12月に「Hourglass」「Rubble」を相次いで発表し、本格的に再始動。そして2026年2月28日、実に10年ぶりとなるセカンド・アルバム『Abracadabra』をリリースした。
『Abracadabra』は「Yayayaya」「Quicksand」などを含む全10曲。2016年のデビュー作と同じ10曲構成ながら、30分ほどのコンパクトな作品となっている。Shantanu PanditとDhruv Bholaが作曲・作詞やプロデュースの中心を担い、初期から持っていたメランコリックな感覚を現在のインディーズ・サウンドへ更新している。
ジャニシュト・ジョシ(Janisht Joshi)
ムンバイを拠点に活動するインド系ネパール人のシンガーソングライター/作詞家。インディー・ポップやオルタナティブ・ロックを軸に、ザ・ストロークスやレディオヘッドなどから受けた影響と、古いインド映画が持つノスタルジーやメロドラマ的な感情を融合した音楽を作っている。
彼の個性を語るうえで欠かせないのが、インド映画黄金期への強い愛着だ。なかでもグル・ダット(Guru Dutt)の哀愁や詩情、ラージ・カプール(Raj Kapoor)の演劇的な表現から影響を受けており、1950~60年代のインド映画に漂っていた孤独やロマンティシズムを、現代のインディーズ・ポップとして再構築している。
その姿勢を象徴するのが、2023年に発表した「Kaagaz Ke Phool」。タイトルからしてグル・ダット監督・主演の1959年作品『Kaagaz Ke Phool』を想起させ、その後も「Yeh Duniya Jala Do」「Nahi」「Sheher」「Puraani Bimaari」など、主にヒンディー語による楽曲を発表してきた。
また、Anumita Nadesan、Utsavi Jha、Shikhar、The Besharamsら同世代のアーティストとも積極的にコラボレーション。2026年には5曲入りEP『Talkhiyaan』を発表し、「DAURA」「BEB」「Ab Na Laut Paayenge」などを通して、それまでシングルで築いてきた自身の世界観をひとつの作品へまとめ上げた。
ザ・ライトイヤーズ・エクスプロード(The Lightyears Explode)
ヴォーカル/ギターのサウラブ・ロイ(Saurabh Roy)を中心に結成され、ベースのシャローム・ベンジャミン(Shalom Benjamin)、ドラムのアーロン・カルヴァーリョ(Aaron Carvalho)とともに活動をスタート。ザ・ストロークスやアトミック・モンキーズ以降のガレージ/インディー・ロックと、ポップ・パンクの衝動を思わせるストレートな楽曲で頭角を現した。
ムンバイを拠点に活動する3人組ロック・バンド。2009年頃から活動し、パンク、ガレージ・ロック、インディー・ロックを軸にした、荒々しさとキャッチーなメロディを併せ持つサウンドでインドのインディーズ・シーンを歩んできた。
大きな転機となったのが、2011年に音楽チャンネル「Channel V」のバンド・コンテスト『Launch Pad』で優勝したことだ。インドのインディーズ・バンドがテレビや大型フェスへ進出し始めた時代を象徴する存在のひとつとなり、2013年にはデビュー・アルバム『The Revenge of Kalicharan』を発表。パンクやガレージを土台にしながら、ユーモアを交えた独特のキャラクターを確立した。
その後はメンバーチェンジなどを経験しながら活動を継続。2018年のEP『Mellow』では、初期の勢い任せともいえるパンクから、よりメロディックで内省的なインディーズ・ロックへと表現を広げた。
2020年にはセカンド・アルバム『The Shape of Things to Come』をリリース。「Satire」「Sometimes」、インド映画の有名タイトルを思わせる「I Am a Disco Dancer」などを収録し、パンク、ガレージ、オルタナティブ、ポップを自由に行き来するスタイルを提示した。
ミーワクチン(Meewakching)
インド北東部マニプール州インパールを拠点とするインディー/オルタナティブ・ロック・バンド。ポストパンク、ドリーム・ポップ、ネオ・サイケデリアなどを横断しながら、マニプリ語(メイテイ語)を積極的に用いた音楽で独自のポジションを築いてきた。
中心人物はヴォーカル/ギターのシルヘイバ・ニンゴンバム(Silheiba Ningombam)。2019年頃に現在につながる活動を本格化させ、2020年に4曲入りのデビューEP『Ekhenglakta』を発表した。ギターを中心としたインディー・ロックにヴァイオリンやキーボードなどを取り入れ、故郷への思いや孤独、不安といった感情を叙情的に描いた。
彼らの大きな特徴が、英語やヒンディー語ではなく、自分たちが暮らすマニプールの言語と文化を作品の中心に置いていることだ。「Ekhenglakta」「Phungreitang」「Nanggi Eshei」など楽曲タイトルにも母語を用い、欧米のインディー/ポストパンクから受けた影響を、そのまま模倣するのではなくインパールの日常へと置き換えている。
2021年にはEP『Awabagi Seireng Ahum Loinana Nungaibagi Eshei Ama』、さらにアルバム『Thengmankhre Hee Ado Lakpa, Eikhoidi Sikhiba Kuire Erolnungda』を発表。長大なタイトルや内省的な歌詞、どこか終末的な空気を漂わせながら、希望、喪失、不安、無常といった感情を描いていった。
2023年のEP『The Land』では「Of Murder and Mayhem」「Absolute Minority」「Motorik Rhetorik」などを収録。さらに2025年のアルバム『BILDUNGSROMAN』では、ポストパンクからドリーム・ポップ、ネオ・サイケデリアまで音楽性を拡張した。「Bildungsroman=成長小説」というタイトル通り、初期から続くメランコリーを残しながら、より多彩なバンドへと成長している。
カルカッタ・カウボーイ(Calcutta Cowboy)
2025年頃から本格的に活動を開始したインドの新鋭アーティスト。カントリー、アメリカーナを軸とした音楽性を持ち、インドの若手インディーズ・シーンでは珍しい立ち位置から注目を集めている。
2025年にシングル「Apathy」を発表し、2026年には「Stranger」「Gary Johnson」「Wait, a minute (let me catch my breath)」などを立て続けにリリース。同年5月にはFirst Floor Collectiveから5曲入りEP『Brash and Broken』を発表した。
アーティスト名の「Calcutta Cowboy」が象徴するように、興味深いのはインドの都市文化と、アメリカのカウボーイ・カントリーを思わせる音楽的イメージの組み合わせだ。インドの伝統音楽を現代化するタイプとは異なり、カントリーやアメリカーナという海外の音楽語法をインドのインディー・シーンへ持ち込んでいる。
ドーンラージ&ザ・ペキュリアーズ(Dohnraj & The Peculiars)
ニューデリーを拠点に活動するポストパンク/オルタナティブ・バンド。シンガーソングライターのドーンラージを中心に結成され、ニューウェイヴやポストパンクを思わせる陰鬱なシンセサイザーと荒々しいギター、そして演劇的なステージ・パフォーマンスを組み合わせた独自の世界観を作り上げている。
特徴的なのは、音楽、ファッション、ヴィジュアル、物語を切り離さず、ライブそのものをひとつのショーとして構築していることだ。ヴィンテージ感のある派手な衣装をまとったドーンラージの存在感も含め、1980年代のニューウェイヴやグラム、ポストパンクなどを想起させながら、それらを現代のデリーのオルタナティブ・カルチャーへと置き換えている。
活動のなかではオリジナル曲「Overthinker」をはじめ、ビートルズの「Taxman」のカヴァーなども披露。デリーの歴史的景観を背景に演奏する企画にも参加するなど、都市そのものと結びついた表現を展開してきた。また、ドーンラージはソロでもアルバム『Gods & Lowlifes』を発表しており、バンドと並行しながら自身の音楽とヴィジュアル表現を広げている。
ラサ(RASA)
ラサは、パンジャブ出身のヴィシャリー・カリア(Vishally Kalia)によるDJ/セレクター。ベンガルールを活動拠点とし、ダブステップ、グライム、ジャングル、UKガラージ、フットワーク、ブレイクビーツ、エレクトロ、テクノなど、低音を軸としたクラブ・ミュージックをジャンル横断的にプレイしてきた。本人のSoundCloudでも本名、出身地をパンジャブと記載している。
活動初期から特定のジャンルに限定しないDJスタイルを特徴としており、2020年に公開されたDJミックスでは、ローファイ・ハウス、エレクトロ、ブレイクビーツ、ベースなどを横断するセレクターとして紹介された。Barry Can’t Swim、Interplanetary Criminal、Shanti Celeste、Pangaeaなどを同じセットの中でつなぐ選曲からも、ハウスとUKベースの境界を自由に行き来する彼女の方向性が見えてくる。
自身の楽曲としても2020年の「Break Ya」、2021年の「TastyWeapon」などを発表。その後もフットワーク/ジュークに焦点を当てたゲストミックスやRadio Novaでのミックスなどを公開し、プロデューサーとして作品を大量に発表するよりも、DJ/セレクターとして世界各地のベース・ミュージックを結びつける活動を続けている。
ラサの魅力は、いわゆる「インドらしい音」を前面に押し出すタイプの電子音楽家ではないところにある。ニュクリア(Nucleya)のようにインドの大衆音楽や地域音楽をEDMへ大胆に取り込むアプローチとは異なり、ラサが軸足を置くのはダブステップやグライム、ジャングル、UKガラージといったサウンドシステム/UKベース・カルチャーの系譜。そこからフットワーク、ブレイクビーツ、テクノまでを横断し、ベンガルールを国際的なアンダーグラウンド・クラブ文化と接続している。
ノニ・マウス(Noni-Mouse)
ノニ・マウス(Noni-Mouse)は、本名ラーダープリヤ・グプタ(Radhapriya Gupta)。ムンバイを拠点に活動するプロデューサー、DJ、作曲家、サウンド・アーティストである。アンビエント、ダウンテンポ、IDM、UKベース、テクノ、R&Bなどを自由に横断し、Spotifyも彼女を「さまざまなダンス・ミュージックとキャッチーな旋律を組み合わせる実験的プロデューサー」と紹介している。
最大の特徴は、人間の「声」そのものを電子楽器のように扱うことだ。自らの歌声を細かく切り刻み、ピッチを変化させ、シンセサイザーやサンプラーのように再構築する。2022年の「Depresent」では、自身のヴォーカルを抽象化してリズムやフックへ変換し、四つ打ちのビート、ベース、複雑なパーカッションと融合。失恋を題材としながらも、内省的な楽曲をダンスフロアへ持ち込んだ。
そのルーツには、幼少期に参加していた宗教的な集会での体験もある。音楽と身体の動き、宗教的な高揚感が一体となる環境に触れて育ち、それが現在の「人々が集まる空間」を意識した音作りにつながっている。また本人は、1990年代のインドで登場したドラムマシンやシンセ、ヴォーカルを多用するインディーズ・ポップからの影響も語っている。
2018年には女性アーティストによるコンピレーションに「Deadpan in Van」が収録され、2019年には「Tightrope」「Oh Uh」などを発表。2022年のEP『Quasi』や「Depresent」を経て、2024年には「2 Big」「See / Fold」、2025年には『Aye Yeah / Why Yuh』など、よりクラブ・ミュージックへ踏み込んだ作品を展開した。特に『Aye Yeah / Why Yuh』ではIDM、ベース、エレクトロ、テクノを横断しながら、彼女の代名詞である加工されたヴォーカルを複雑なグルーヴへ組み込んでいる。
2026年にはHemanti Deviを迎えた「Aa Bhave」、さらに「Sun Lo」を発表。同曲は彼女にとってヒンディー語を前面に出した新たな展開となり、実験的な電子音楽とインドの言語・音楽的背景との距離をさらに縮めている。
カーシュニ(Karshni)
ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライター兼プロデューサー。ポップやインディー・ロックを基盤としながら、作品ではジェンダー、死、欲望、老いることへの恐怖といったテーマを率直に扱っている。本人のBandcampでも、こうした題材を「ruthless candour=容赦のない率直さ」で描くアーティストと紹介されている。
活動初期から他のインディー・アーティストとの交流も多く、Three Oscillatorsとの「Drowning」、Dropped Outとの「Pluto」などを発表。2023年にはPagal Hainaから「Josephine On the Floor」をリリースした。同曲はDhruv BholaとShantanu Panditがプロデュースを担当し、ドラム、トランペット、キーボードなどを取り入れたバンド・サウンドのなかで、周囲から求められる価値観や規範に適応しようとする人物を描いている。
その後も「Long Gone」などを発表し、2025年には『Live From That Room』をリリース。「Some Otherness」は自分自身との断絶を受け入れようとするメランコリックな感情から生まれ、「Sun」は親しい友人を慰めるために書かれたという。Karshni自身が作詞・作曲・歌唱を担当し、Sanjay DasやSatyajit Chatterjiらが参加している。
2026年1月には8曲入りアルバム『BUCK WILD』を発表。「72 HOURS」「MALAPROPISM」「MAXILLOFACIAL SURGERY」「DINNER」「GIRL」「GAPING HOLE」など、タイトルだけを見ても一般的なラブソング中心のポップとは異なる奇妙さが漂う。Disco Puppet、Three Oscillators、Circle Toneらも参加しており、Karshniを単なる弾き語り系シンガーソングライターではなく、ムンバイの実験的なインディーズ・コミュニティの一員として捉えることができる。
ラージ(RAJ(Rajkanwar Sodhi))
ラージことラージカンワル・ソーディは、ニューデリーを拠点に活動するギタリスト/プロデューサー/DJ。ローファイ・ジャズ、ネオソウル、ダウンテンポからハウスまでを横断し、ジャジーなコード、温かみのあるギター、ヴォーカル・チョップと電子的なビートを組み合わせたサウンドを特徴としている。
音楽との本格的な出会いは13歳の頃。親戚からギターをプレゼントされたことをきっかけに演奏を始め、当初はニルヴァーナ、メタリカ、リンキンパークなどのロックに夢中になった。その後、プログレッシブ・ロック、ジャズ、ヒップホップへと興味を広げ、次第に自らトラックを制作するようになる。2020年のパンデミックを契機として作品発表を本格化し、同年「New York Cheesecake」でデビューした。
初期のラージを象徴するのがローファイ・ヒップホップとジャズ、ギターの融合だ。2021年のEP『Safe Space』では、ジャズの感覚をベースに、古い質感を持ったローファイ・ビートや細かく刻んだヴォーカル・サンプルを導入。「Sakura」「Kyoto」といった楽曲からも分かるように、日本のローファイ・ヒップホップからの影響も取り入れていた。
その後は活動領域を拡大し、2022年には会社員の仕事を辞め、音楽活動に専念。2023年『Confirm My Beliefs』、2024年には初のフルアルバム『Culture & Opinions』を発表した。同作ではベブミカ(Bebhumika)やピーケイ(Peekay)らともコラボし、単なる「チル系ローファイ」の枠から離れ、ネオジャズやソウルなどを横断するプロデューサーとしての方向性を強めている。
さらに興味深いのが、インド音楽との距離感だ。楽曲「Konnakol Jazz」では、南インド古典音楽で用いられるリズム唱法コナッコルとローファイ・ジャズを融合。単純にシタールやタブラを加えて「インドらしさ」を演出するのではなく、カルナーティック音楽のリズム構造そのものを現代的なビート・ミュージックへ持ち込んでいる。
そして2025年の『Weather Changes Moods』が大きな転換点となった。ドイツの55 Musicから発表された7曲入り作品で、それまで中心だったダウンテンポ/ローファイから、ジャズ・ハウス、ディープ/ソウルフル・ハウスへ本格的に接近。ラージ自身もカオス・イン・ザ・CBD、Tour-Maubourg、ダブロンなどから影響を受けたと語っており、メロディックな温かさを残しながら「ダンスフロアのための音楽」へ進みたかったとしている。
ここでも生演奏と電子音楽の融合がラージらしい。ギターに加え、Soul Food HornsのホーンやMauricesaxのサックス、Sven Wegnerのハウス・プロダクションなどを組み込み、「Break The Ice」「Touch The Sun」などではファンクやソウルの感触を四つ打ちへ接続している。DJ/プロデューサーでありながら、ギタリストとしての身体性を電子音楽から消さないことがRajの大きな個性といえる。
ライブでもNH7 Weekender、Magnetic Fields、VH1 Supersonic、Echoes of Earth、Jazz Weekenderなどインドを代表するフェスティバルへの出演を重ねている。ライブではSP-404を用いたサンプリングも取り入れており、単純なDJセットとは異なるパフォーマンスを展開してきた。
2026年には「Whatever Happens」「Let It Go」に続いて、7月にシングル「mirage」を発表。ローファイから始まり、ジャズ、ネオソウル、ヒップホップを経てジャズ・ハウスへ~という変化を続けながらも、「ジャズ的なコード感&ギター&電子ビート」という核は一貫している。
シュリヤは、ムンバイを拠点に活動する若手シンガーソングライター。R&Bやソウル、コンテンポラリー・ポップを軸に、恋愛や失恋、孤独、自己発見といった若者の感情を等身大の言葉で歌っている。
音楽に親しむ家庭で育ち、10歳頃からカヴァー動画を投稿。デミ・ロヴァートやアリアナ・グランデらの影響を受けながら歌唱や作曲を学び、16歳で「Tell Me」「Dreaming」といったオリジナル曲を発表した。その後、ソニー・ミュージック・インディア傘下のデイ・ワン・レコーズと契約し、「Ride For Me」「On My Mind」などをリリース。「NEXA Music」シーズン3のコンペティションでもトップ30に選出されるなど、早くから才能を評価されてきた。
大きな転機となったのが、2025年に発表したEP『In a Box』だ。タイトルの「箱」は、自分の感情や悩みを内側に閉じ込めてしまう状態を表したもの。自身が10代で経験した葛藤を背景に、失恋や孤独、将来への不安などをR&B/ポップへ落とし込んだ。華やかなスター像を演出するのではなく、弱さや迷いも含めた個人的な感情をリスナーと共有することが、彼女のソングライティングの大きな特徴となっている。
また、自ら作曲するだけでなく、共同プロデュースやヴォーカル・アレンジにも携わるなど制作面にも積極的。Netflix映画『ナイーブな恋のレッスン』(2025)ではバックヴォーカルとヴォーカル・アレンジを担当し、インディペンデントなポップ・シーンから映画音楽へも活動領域を広げている。
ズーラン(Zulan)がインド人アーティストとして分類されているが、アルゼンチンのアーティストであるとされているため、どうして分類されているのかは不明。今後詳細がわかれば更新予定!!



