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ルドラークシュ「Faraar」逃避と焦燥をダークなサウンドに落とし込む新世代デシ・ヒップホップ

インドのインディペンデント・シーンから登場しているルドラークシュ(Rudraaksh)の「Faraar」は、タイトル通り“逃亡/逃避”をキーワードにした、ダークな空気をまとった一曲だ。

「Faraar(फ़रार)」はヒンディー語やウルドゥー語で「逃亡」「逃げること」を意味する言葉。インドのポップスや映画では以前から頻繁に使われてきた単語で、近年だけでもアクール(Akull)ディルジット・ドーサンジ(Diljit Dosanjh)などが同名曲を発表している。つまりインド音楽における「Faraar」は、単純に犯罪者が逃げるという意味だけではなく、恋愛や社会、人間関係、現在置かれている状況から抜け出したいという感情を象徴する言葉としても機能してきた。

ルドラークシュの「Faraar」も、そんな言葉が持つ“逃避”のイメージを現代的なヒップホップ/オルタナティヴR&Bの感覚へと置き換えた作品として聴くことができる。

楽曲でまず印象に残るのは、音数を抑えたビートと重苦しい空気感だ。派手なパンジャブ系ヒップホップのようにビートの強さで押し切るのではなく、余白を残したプロダクションの上でルドラークシュの声を前面に押し出していく。メロディとラップの境界を行き来するようなヴォーカルも特徴的で、楽曲全体にはどこか閉塞感が漂っている。

その意味で「Faraar」は、いわゆるパーティー系のインディアン・ヒップホップとはかなり方向性が異なる。トラップ以降のビート感覚をベースにしながら、R&Bやエモ・ラップ的な内省性を取り込み、感情そのものをサウンドへ落とし込んでいる。

ミュージックビデオも、この曲の持つ孤独や緊張感を視覚的に補強する。重要なのは、「逃げる」という行為を単純なアクションとして描くのではなく、精神的な逃避や焦燥と結びつけていることだろう。タイトルの「Faraar」は、何かから物理的に逃亡するという以上に、現在の自分を取り巻いている状況から抜け出したいという若者の感覚を象徴しているようにも感じられる。

近年のインドのインディペンデント音楽では、ヒップホップとR&B、ベッドルーム・ポップ、オルタナティヴ・ポップなどの境界が急速に曖昧になっている。かつてインドのラップといえばDIVINEやNaezyに代表されるストリートの物語が大きな存在感を持っていたが、その後の世代からは、より個人的な孤独、恋愛、不安、メンタルの揺れを扱うアーティストも次々と登場している。

ルドラークシュも、そうした変化の延長線上で捉えるとおもしろいアーティストだ。

「Faraar」は、一度聴いただけで派手なフックを残すタイプの楽曲ではない。むしろ夜にひとりで聴くような密室性と、どこにも行き場のない感情を抱えたまま走り続けるような感覚が魅力になっている。

ボリウッド映画音楽とも、パンジャブ・ポップの巨大なメインストリームとも異なる場所で生まれている現在のインド音楽。その新しい世代の感覚を知るうえでも、ルドラークシュの「Faraar」は注目しておきたい一曲だ。

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