インドエンタメあれこれコラム:”インド映画=歌って踊る”作品は全体の10%以下!!
インド映画というと、未だにどうしても”歌って踊る”ミュージカルのイメージが強いし、私自身も雑誌やネット媒体に寄稿した場合、編集によって、そういったタイトルが付けられていることがあったりもするのだが、インド映画=歌って踊るというイメージ自体がそもそも間違っていることを知ってもらいたい。
日本の場合は、どうしても『ムトゥ踊るマハラジャ』のイメージを引きずっており、『RRR』もそういうイメージが付いてしまっている部分もあるが、作中にダンスシーンがあるのは「ナートゥ・ナートゥ」だけであるし、実際にラージャマウリにインタビューした際にも、ダンスシーンは作品の流れによっては、全く入れないことも今後出てくるかもしれないと語っていた。
いわゆる日本人の思っている”歌って踊る”インド映画というのは、大衆向け娯楽作に限られているし、近年は大衆向け作品であっても、そのあり方自体が変わってきている。
それに音楽が多く感じられる理由は、映画製作会社兼音楽レーベルが参加していることが多いからである。
つまり音楽をPRとして使いたいから、本編中にミュージックビデオのようなシーンを入れていたりもするのだが、近年はオープニングとエンディングだけにしている映画も多く、あくまで作品の流れを重視した作品が主流になってきている。
老若男女が楽しめるように、あらゆるジャンルを詰め込んだ、いわゆるマサラ映画と呼ばれていたりするものの場合は、確かに歌って踊るシーンはある。誰が観ても、どこかのシーンではおもしろく感じられるように、とにかくいろんな要素を詰め込んでいるからそんな状態になっているわけだが、これはどこの国でも同じようなものはある。
例えば日本でも映画というと、東宝や東映の大手作品と小規模や独立系作品がまとめられてしまうが、質感は全く異なっているはずだ。メジャー系作品は、主演に誰もが知っていたり、幅広い世代から人気のあるスターを起用してエンタメ性を追求していくあまり、とっちらかった作品になってしまうことも多い。
それに加えて、アイドルが主演の作品だと、主題歌にそのアイドル、もしくはアイドルグループの楽曲を使用し、グラビア的なサービスショットも多数用意するなどといったことは珍しいことではない。
無理に視点を変えて、”インドだから~”という語り方をするから、特別のように感じるだけであって、似たようなことは日本にもアメリカにも、どこにでもあるのだ。
さらに言えば、たまに若者たちがクラブでダンスするシーンもあったりするが、これはアメリカなどの若者向け映画にも割とあったりして、これに関してもインドだからというわけではない。
一般のインド人、とくに日本に住んでいるインド人にテレビなどでインタビューすると「そうだよ、インド映画は歌って踊るものばかりだし、みんな踊ることが大好きさ」なんて回答が返ってきたりするが、同じようなことを言われるものだから適当に答えているのか、日本でも大衆向け作品しか観ない層は一定数いるだけに、そういった人たちは本気でそう思っていたりもするのと、いつから日本に住んでいるのかにもよるだろう。
インドエンタメの常識は急激なスピードで進化しており、例えば2000年代に日本に移住してきた人にとっては、全く違ったものとなっているかもしれない。
実際にインドエンタメ最前線で活躍する映画人たちは「歌って踊る」というイメージは、日本で言えば、日本人はヤクザばかりと言っているのと同じであり、新たなグローバルインパクトを与える作品を目指して日々奮闘しているのだから、観る側も意識ほ変える時代になってきたということだ。