
コラム : 社会不安からの現実逃避と映画音楽
『エンドロールのつづき』(2021)の日本公開時、Netflix作品『Teen Aur Aadha』(2017)などにも携わったプロデューサー、ディール・モーマーヤー(Dheer Momaya)にインタビューした際、彼はこんなことを語っていた。
「インド人が歌って踊るというのは、日本人はみんなヤクザや侍だと言っているのと同じです。しかし、そのイメージを上回るほどのグローバルなインパクトが、まだ足りていない。だからこそ、インドのクリエイターたちは、その固定観念を突き崩そうと必死になっているのです」
紙吹雪を舞わせ、楽器を鳴らし、ときにはロケット花火や爆竹まで持ち込んで映画館で盛り上がる――そんな映像が「インドの映画館」の象徴として紹介されることも少なくない。そのため、「インドでは映画館で騒ぐのが当たり前」と思っている人も多いだろう。
しかし、それはあくまで一部の極端な例にすぎない。ショッピングモール内のシネコンで同じことをすれば、日本と同様、警察沙汰になるだろう。
これはインドに限った話ではない。ニュースやSNSで切り取られた衝撃的な映像を、その国全体の姿として受け止めてしまうことは、あまりにも乱暴である。自国がステレオタイプに語られることには反発しながら、他国については固定観念で理解してしまう――そんな矛盾は、私たち自身の中にも少なからず存在する。
むしろ、「その国らしくない」と思われるものこそ、その国の「今」を映し出していることも決して珍しくはない。
そこで、本章では「なぜインド映画には“歌って踊る”作品が多いのか」という、あまりにも当たり前のように語られてきた疑問について改めて考えてみたい。
この問いにはさまざまな説がある。しかし、今なお広く信じられている「インドには多くの言語があるため、歌や踊りを入れることで言葉が分からなくても楽しめるようにしている」という説明は、実際の映画市場を見る限り十分とは言えない。
基本的にインドの観客は、言語が分からない映画を、歌やダンスがあるという理由だけで観ることはない。もちろん、他地域で大ヒットした作品を吹替版の公開前に鑑賞する熱心な映画ファンは存在する。しかし、それはあくまで一部であり、一般的な鑑賞スタイルではない。
また、「性的な描写が制限されているため、その代わりとしてミュージカル・シーンが発達した」という説も、それだけでは説明しきれない。たしかに、そうした演出が用いられる作品も存在する。例えば『クリッシュ3』(2013)の「Dil Tu Hi Bataa」は、恋愛や性愛を幻想的なイメージへ置き換えた典型例と言えるだろう。
一方で、「インドは音楽に満ちあふれた国だから」という説明も、決して間違いではない。しかし、それだけでは「なぜ映画という表現がミュージカルを中心に発展したのか」という問いへの答えにはならない。
結論から言えば、その背景には、経済格差や社会不安から一時的に解放されるための現実逃避の場として、そして家族全員が安心して楽しめる娯楽として、映画が長く機能してきたという歴史がある。それが結果として、大衆娯楽映画におけるミュージカルをスタンダードな表現へと押し上げたのである。
もちろん、これはインド映画全体の話ではない。アート系作品や中規模の作家性を重視した作品には、そもそもミュージカル・シーンが存在しないものも多い。ここで語っているのは、あくまでも大衆娯楽映画を中心とした傾向であることを、あらかじめ理解しておいてほしい。
そもそも、「なぜインドでは」という前提を一度外して考えてみる必要があるのではないだろうか。
ミュージカルという表現そのものが、なぜ世界中で長く愛され続けてきたのか。その本質を見つめ直すことで、「なぜインド映画は歌って踊るのか」という問いへの答えも、おのずと見えてくるはずである。
歌や踊りは、その国の文化や歴史、さらには人々の価値観を映し出す象徴的な表現である。
インドでは、サイレント映画の時代から、踊りを映像に取り入れようとする試みが行われてきた。現存するインド最古の長編映画とされる『Raja Harishchandra』(1913)にも、音楽に合わせて身体を左右に揺らす場面が見られる。そして1931年、トーキー映画が登場すると、その流れは一気に加速した。
伝統舞踊や民謡、宗教歌、ヒンドゥスターニー音楽やカルナーティック音楽といった古典音楽、さらには身体にレモンを縫い付ける奇祭「マヤナ・コッライ」のような地方の祭礼まで、インドは古くから音楽と身体表現が生活の中に深く根付いた国である。音と映像を同時に記録できる時代が訪れたことで、それらを映画という新しいメディアへ取り込もうとする創作意欲が高まった。その結果、ミュージカルや、感情を増幅させるように音楽を効果的に用いる作品が数多く生み出されていった。
もっとも、これは決してインドだけに見られる現象ではない。
日本にも、民謡や歌舞伎、能、祭礼など、音楽と切り離せない伝統文化が数多く存在する。トーキー映画が誕生すると、それらを映像として記録しようとする動きが自然に生まれた。小津安二郎が撮影した『鏡獅子』(1935)が、歌舞伎を記録したトーキー作品として知られていることからもわかるように、新しい技術が誕生すれば、自国の芸術をそこへ刻み残そうとするのは、ごく自然な流れだったのである。
さらに、映画と音楽の関係を考えるうえで見逃せないのが、社会情勢との結び付きだ。
日本は1930~40年代、満州事変から日中戦争、そして太平洋戦争へと突き進み、多くの人々が戦争と混乱の時代を生きた。終戦後も復興と高度経済成長を迎えるまで、人々は大きな不安を抱えながら暮らしていた。そうした時代に、映画や音楽が現実を忘れさせる娯楽として、多くの人々の心を支えたことは想像に難くない。
ここで、「現実逃避」とミュージカルの関係を理解するうえで、非常に示唆に富む作品を紹介したい。それが『蜘蛛女のキス』である。
1985年版も名作だが、このテーマを理解するうえでは、2025年のジェニファー・ロペス主演リメイク版の方が、より分かりやすいかもしれない。
舞台は軍事政権下のアルゼンチン。自由を奪われた人々が、華やかな映画や音楽の世界へ心を遊ばせることで、辛うじて精神の均衡を保とうとする姿が描かれる。その描写を目の当たりにしたとき、私は「インド映画にミュージカルが多い理由も、まさにここにあるのではないか」と強く感じた。
もちろん、インド映画が『蜘蛛女のキス』と同じ構造だと言いたいわけではない。しかし、現実の苦しさから束の間でも解放されたいという人間の普遍的な欲求が、歌や踊りという形で映画に投影される点は、共通している。
そして、その「逃避」のあり方は、時代とともに変化していく。
アメリカやヨーロッパでも、トーキー映画黎明期にはミュージカル作品が数多く制作された。しかし、映画というメディアが成熟するにつれて、サスペンス、SF、西部劇、ノワールなど、多様なジャンルへ枝分かれしていった。
日本でも同様である。少なくとも1970年代頃までは、歌って踊れる俳優が重宝され、家族総出で映画館へ足を運ぶことが、一種の娯楽イベントとして定着していた。
つまり、ミュージカルはインドだけの特殊な文化ではない。映画が大衆娯楽として社会に根付き、人々がそこへ夢や憧れ、あるいは現実からの解放を求めた時代には、多くの国で同じような役割を担ってきたのである。
日本のことはさておき、映画と音楽は、その時々の社会と密接に結び付いている。社会不安が強い時代や地域ほど、人々は映画や音楽に娯楽としての役割を求める傾向がある。
もちろん、それは単純な話ではない。例えば、北朝鮮やアフガニスタンのように、芸術表現そのものが厳しく制限されている環境では、映画や音楽が自由な娯楽として発展することは難しい。
一方、インドでは第二次世界大戦や独立運動という激動の時代を経験しながらも、音楽や芸術への探究心が失われることはなかった。むしろ、そうした時代だからこそ、映画というフィルムの中に、現実とは異なる理想の世界を築き上げていったのである。
その延長線上には、アミターブ・バッチャンやサニー・デーオールが社会の鬱屈を暴力という形で代弁した作品群や、美男美女が歌い、踊り、恋をし、現実離れした世界を繰り広げるボリウッド映画がある。それらは現実を忘れさせるファンタジーとして、多くの観客に求められてきた。
映画音楽の歩みもまた、インド社会と切り離して語ることはできない。
CDを購入できるのは経済的に余裕のある人々であり、多くの家庭ではカセットテープが主流だった。それすら手が届かなければ海賊版を利用するしかない。現在でも路面店や地方の市場では、粗悪なコピー商品が並ぶ光景を目にすることがある。
また、日本では家庭用ゲーム機として知られるファミリーコンピュータも、インドでは「SAMURAI」の名で販売されたものの、高額だったため一般家庭にはほとんど普及しなかった。コレクション性の高い娯楽や、高価なハードウェアを必要とする文化が根付きにくかった背景には、やはり経済格差がある。
しかし映画だけは違った。
映画館は、貧富を問わず比較的安価に楽しめる娯楽であり、一枚のチケットの中には物語も、音楽も、恋愛も、笑いも、アクションも詰め込まれていた。だからこそ、ホラーやサスペンスであっても歌やダンスが盛り込まれ、「一本ですべてを味わえる娯楽」として支持されてきたのである。
だが、その前提は大きく変わり始めている。
現在では都市部だけでなく地方にもインターネットが普及し、インドは世界有数のゲーム大国へと成長しつつある。モバイルゲームのダウンロード数では中国を上回る年もあり、雇用環境や所得水準の改善によって、映画以外の娯楽へお金を使える人も着実に増えてきた。
ゲーム、アニメ、漫画、SNS、動画配信――。娯楽は細分化され、映画だけが娯楽の中心だった時代は終わりつつある。
さらにシネコンの普及、ストリーミングサービスの台頭、新型コロナウイルス禍による観賞スタイルの変化が重なり、映画館そのものの役割も大きく変化した。
だからといって、映画と音楽の関係が失われるわけではない。
インドの大手映画会社の多くは音楽レーベルも兼ねており、映画と音楽は今なお密接に結び付いている。超大作では劇中歌がYouTubeで先行公開され、それ自体が作品の宣伝として機能する。音楽は依然として映画マーケティングの重要な柱であり、「歌って踊るインド映画」を期待する観客も決して少なくない。
実際、南インド映画では現在もミュージカル・シーンを積極的に取り入れた作品が数多く作られている。また、ボリウッドでも『ドゥランダル作戦』(2025)のように、劇中で歌って踊る場面はなくても、音楽そのものが作品の印象を強く支える映画が増えている。
つまり、「歌って踊る映画」が消えることは、おそらくない。
一方で、大衆映画であっても重厚なドラマではダンス・シーンを排し、音楽も必要最小限に抑える作品が増えている。現実逃避ではなく、社会問題や政治、宗教、人間の内面を真正面から描こうとする映画作家も着実に増え、OTT作品を中心に、その傾向はさらに強まっている。
映画の見られ方が変わった今、ミュージカル・シーンを「宣伝のための見せ場」として配置する手法そのものを問い直す動きも生まれ始めている。
しかし、それは音楽の存在感が薄れていることを意味しない。むしろ逆である。
映画と音楽が少しずつ切り離されつつあるからこそ、それぞれが独立した文化として新たな発展を遂げようとしている。
かつて映画の中でしか声を届けられなかったプレイバックシンガーたちは、自らの名義で作品を発表し、世界へ向けて活動するようになった。映画監督たちも、表現の自由度が高く、多様なテーマを扱えるOTT作品を舞台に、それぞれの作家性を存分に発揮している。
Amazon Prime Video、Netflix、Disney+などの配信サービスを見渡せば、そこには従来の「歌って踊るインド映画」というイメージでは捉えきれない、現代インドの姿が数多く映し出されている。
映画も、音楽も、すでに次のフェーズへ歩み始めている。
私たちがこれから目にし、耳にするインドの作品は、「インド人は歌って踊る」という長年の固定観念を、これまで以上に鮮やかに覆していくことになるだろう。


