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コラム : 探求!カヴァー文化~ABBA、ドナ・サマー、マドンナ~

インドでは、50~70年代にかけてロックを中心にカヴァー文化が浸透していた。

タバコメーカーが72年まで開催していた「シムラ・ビート・コンテスト」でも、初期の頃は、ほとんどがカヴァーバンドであった。

ビートルズやローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバス、ディープ・パープルの曲をカヴァーしていたことが、様々な文献や一部コンピレーションから確認することができる。

インド国内アーティストは、欧米を模倣しながら、独自の音楽へと消化していったわけだが、同時に欧米アーティスト自体の人気も高まっていった。

そこからしばらくして、70年代後半~80年代にかけて海外アーティスト需要増加に伴い、当時のレコード店には、マイケル・ジャクソンやダイアナ・ロスなどのモータウン系から、ドナ・サマーやビー・ジーズ、グロリア・ゲイナー、ボビー・M、もちろんビートルズもだが、欧米アーティストのレコードとカセットテープが溢れかえっていた。

ところが、それはほとんどが中国経由、もしくは店主がカセットレコーダーでコピーしまくった海賊盤だった。

どうしてそんな状態になっていたかというと、輸入関税の問題が立ちふさがっていたからだ。ファミコンなどのゲーム類もこの輸入関税の影響でインド進出が阻まれていたように、正規に輸入には壁が多かった。

かといって、輸入代理店のような流通基盤も整っていなかった。90年代になってメグナサウンドが、ドクター・ドレーのデビューアルバム「The Chronic」とスヌープ・ドッグのデビューアルバム「Doggy Style」の輸入代理店となっていたこともあったが、かなり限定的な環境だったといえるだろう。

輸入関税を回避しつつ、海賊盤に市場を奪われずに、比較的安価で欧米アーティストの魅力を伝えるのには、どうしたらいいのか……。そんな考えが発端となって誕生したのが、80年代のカヴァー企画盤である。

ABBAの大ヒット曲をパキスタン生まれの姉妹ユニット、サルマ&サビナ・アガによって、ヒンディー語でカヴァーした1981年のアルバム「Sing The Hits Of Abba In Hindi」は、その代表でもあるが、ほかにもウシャ・ウタップやシャロン・プラバカール、ムサラット、バッピ・ラヒリといった、アーティストが次々とカヴァーソングや企画盤をリリースしていた。

この企画盤が丁度、80年代の欧米のディスコブームと重なったことから、割とディスコ・ソングが多くなっているのは、そういうことだ。

ここの詳しい流れについて、ある企画で詳しく書いているが、それについては後ほど……。

今回は、いくつかカヴァーソングを紹介していこう!!

■シャロン・プラバカール(Sharon Prabhakar) / Halchal (cover of ドナ・サマー「Hot Stuff」)

■ウシャ・ウタップ(Usha Uthup) / Chhupke Kaun Aya (cover of マイケル・ジャクソン「Don’t Stop Till You Get Enough」)

■ウシャ・ウタップ / Lelo Dil Mera (cover of グロリア・ゲイナー「I Will Survive」)

■ムサラット(Musarrat) /Gale Se Laga Lo (cover of タートルズ「Happy Together」)

■アリーシャ・チナーイ(Sharon Prabhakar) / Papa (cover of マドンナ「パパ・ドント・プリーチ」)

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