
I-POPヒストリー(第2回):インド初のポップ・ガールズグループ”モデルズ”
インドで初のガールズグループがオーディション番組「Coke [V] Popstars」で、2002年に誕生したViva!だと勘違いしている人は、インド人のなかにも多いし、インド初のガールズバンド、ガールズグループと検索してもViva!が出てくる。
しかしそれは間違いで、インド初のガールズグループは、ナジア・ハッサンやアリーシャ・チナーイなどをプロデュースしてきたビドゥによって結成されたモデルズ(Models)。明確にいえばインド初のヒンディー”ポップ”ガールズグループだ。
W.i.S.H.も22年ぶりのガールズグループといわれているが、これはViva!が誕生した2002年から計算されている。ただし、それはその以前にガールズグループが存在していないとか、初めてのガールズグループ誕生から~という意味ではない。
女性だけのバンドというカテゴリーにしてしまうと、60年代後半に誕生した、ガールズロックバンド”The Ladybirds”なども該当してきてしまうし、データが無いだけで、地方で活動していたようなグループであれば存在していたはずだ。
何度もいうが、あくまでメジャーレーベルから誕生した初のヒンディー”ポップ”ガールズグループがモデルズなのだ。
古典と現代ポップの中間的というか、音楽性を模索していることが浮彫りになってしまうような、コンセプト迷子なアルバムとなっていたが、それには明確な原因がある。
インド初のラッパーといわれるババ・セガールをデビューさせたり、アリーシャ・チナーイーやシュウェタ・シェッティなどのアルバムをリリースしてきたマグナサウンド・レコードは、ガールズグループをずっと模索しており、ビドゥと共に、当時、法律の仕事をしていたカマヤニ(Kamayani)、エア・インディアの客室乗務員だったショーナ(Shawna)、ドラマ「A Mouthful of Sky」のスタッフとして働いていたシウリ(Shiuli)の3人を発掘した。例えばカマヤニのように古典シンガーとしても活動しているなど、音楽経験が全くないわけではなかったものの、インド人らしすぎない美しい女性という、見た目重視で選考されたため、歌唱力は二の次であった。
つまり音楽性よりも男性ユーザーから性の対象として見られることで人気を博すようなグループを目的としていた。さらにいえば、超絶美人ではなく、身近にいそうな美人で、がんばれば手が届きそうな女性というコンセプトだったらしい。
男性にとって都合のよい女性像という、フェミニズムとはほど遠いコンセプト自体で、インド音楽史からは毛嫌いされている側面もあるかもしれない。
1996年にデビューアルバム「Jaana Hai Bollywood」をリリースするが、彼女たちの足りていない歌唱力を補うために、様々な実験的な音が混合されていたり、やたら長いイントロや中間演奏で時間稼ぎをしているものもあれば、「Shukriya」や「Yeh Din Hamara Hai」のような純粋にキャッチーな曲もあったりで、ある意味では、おもしろいアルバムといえる。
アルバム自体は、大失敗というほどではなかったが、活動させ続けることがレーベルにとって負担となっていたのか、残念ながら最初で最後のアルバムとなってしまったし、活動期間も1年ほどしかないため、人々の記憶から消されてしまっているのかもしれない。
しかも3人は、実際にモデル活動をしていたわけではないのに、モデルズという名前を名乗っていたことから、現役のモデルたちから、モデル活動を軽視しているという批判もあった。
実はBMGクレッシェンドも女性だけのバンドを制作中とされていたが、誕生した形跡がない……。もしかしたら、モデルズの失敗が原因でプロジェクトから手を引いたのかもしれない。
次回は少し戻って、90年代に活躍したアナミカ・グローヴァー&シュウェタ・シェッティについて紹介します!!

