映画・ドラマ短評『あなたを夢見て』(2012)

『あなたを夢みて』は、マラヤーラム語映画(モリウッド)俳優のプリトヴィラージ・スクマランの初ヒンディー語映画出演作品。一方、主演のラーニー・ムケルジーにとっても、ある意味ターニングポイントとなった作品といえ、現時点ではラーニーの“最後のラブコメ”になるだろうという点でも貴重だ。

ラーニーといえば、カラン・ジョーハル初監督作品『何かが起きてる』(98)では学園のマドンナ的な役を演じており、『Chalte Chalte』(03)や『Hadh Kar Di Aapne』(2000)といった作品でも笑顔が特徴的なヒロインを演じてきた。とりわけモデル体型というわけではなく、小柄でちょっとふくよか、そしてハスキーボイスが特徴的な俳優だ。

ボリウッドのトップ女優としてキャリアを築いてきたラーニーだが、一方では、その特徴がルッキズム重視の映画業界や批評家界隈では否定され、自分の立ち位置を悩んでいたりと、常に順風満帆だったというわけではない。そんなラーニーが、一部から“短所”とされていた部分を長所として振り切った作品が本作なのだ。

ラーニー演じる主人公は、婚期を逃し、両親からは早く結婚するように急かされているが、お見合いよりも映画みたいな恋愛をしたいという想いを抱きながら、常に妄想をしているという役どころだ。

ラーニーは、近年ではすっかり“力強い女性”や演技派というイメージが定着していた。例えば『女戦士』(14)では、人身売買組織に立ち向かう女性警官を演じ、野蛮な男たちを殴り飛ばしている。また『Hichki』(18)では、トゥレット症候群を抱える教師という難しい役を演じきり、高く評価された。

今年の3月に公開された、実話ベースの『ミセス・チャタジーVSノルウェー』(Netflixで英語字幕であれば視聴可能)では、ノルウェーの過剰な保育制度によって突然子どもを奪われてしまったインド系移民の主人公を体当たりで演じている。

またこの時期、ボリウッドは世代交代によって、カジョール(ラーニーの従姉)やカリーナ・カプール、プリーティ・ジンタなどの同世代女優たちも落ち着いた役が多くなっていた。実際にラーニーも、『Laaga Chunari Mein Daag』(07)と『Saawariya』(同)で2度も娼婦役を演じ、難しい役どころに積極的に挑戦していた。 そんなラーニーの近年の活躍を知った上で、『あなたを夢みて』を観てほしいーーそれなのに本作では、ここまでフルスロットルにコメディで“おバカ”をやるラーニーが見られる。これは、すごいこと。21年に公開された『Bunty Aur Babli 2』もコメディではあるが、ここまでのことはやっていない……。
 
ちなみにもうひとつ重要な点として、本作はマラーティ語映画監督サチン・クンダルカールにとって、初のボリウッド映画であるということ。

サチンは少し奇抜な設定のコメディが得意である一方で、LGBTQやジェンダー問題を組み込んだ作品も手掛けるなど、インドではなかなか冒険的な題材を扱う監督としても知られている。

それは6つの短編からなるオムニバス映画『フィール・ライク・イシュク』(21)の中の一編『インタビュー』でも感じ取ることができる。同作はおおまかなテーマとして、男女(または同性同士)との現代的な出会いが描かれている。そのため、『インタビュー』も一見、何気ない出会いを描いた作品のように思える。

しかし、同作のストーリーは、女性も社会に出て働いて男女が協力して生きていくべきだという考えをもった主人公シャハナが、男が外で働き、女が家を守るという保守的な考え方に捉われ過ぎていて、結婚や家庭を持つという重圧に耐えきれず、失踪してしまった恋人の存在がトラウマになっているーーそんなシャハナが、面接に訪れた家電量販店で同じく面接に来たラジーブと出会うが、そのラジーブがシャハナのことを男女関係なく、同じ社会人としての目線から見ていたことから、時代の変化を描くといったもの。わずか27分の短編ではあるが、ここにもサチンの作家性が表れている。

サチンは同性愛者であることを公表しており、おそらく自分自身が思春期に感じていたであろうことを描写した小説『コバルトブルー』も、自らの手で映画化している。兄と妹が同じ相手を好きになってしまうという、これまたインドでは扱いづらいストーリーだ。同性愛者や、アライ(ally)の女性がインドという国の中でどう生きていくのかをテーマとした物語となっている。

ラーニーの演技、サチンの作家性、そのどちらも楽しめる映画だ。

関連記事一覧