映画『ストリートダンサー』特集
「インディアン・ムービーウィーク」にて先行公開され、3 月 1 日から一般公開されているインド映画『ストリートダンサー』
ディズニーによるインド映画「ABCD」シリーズの第 3 作目として制作される予定だったが、ディズニー作品の配給や制作を行っていた UTV モーション・ピクチャーズによる製作上の問題から「ABCD」というタイトルが使用できなくなり、『ストリートダンサー』というタイトルになった裏事情があるものの、続編といってもそれぞれ独立した作品となっていることから前作を観ていなくても全く問題ないものとなっている。
ちなみに「ABCD」の続編もしくは番外編的な作品として、今作からシリーズに参加したノラ・ファテヒが再び参加する『Be Happy』の企画もされているなど、今後もシリーズ展開が期待できる作品だ。
振付師(コレオグラファー)のレモ・デソウゾが監督を務めていることだけのことはあって、ダンスの見せ方は文句のつけようがない。というよりもダンスが主体の作品であり、とにかく圧倒的なダンスパフォーマンスを観ることのできる、正真正銘のエンタメムービー。
YouTube では、ダンスシーンを切り取った映像が複数配信されており、多いもので 7 億回以上を記録していることからも、そのクオリティは世界が認め、注目するものとなっていることは間違いない!!
■インドでは逆に珍しい”ダンス映画”が誕生した背景
今作や前作の「ABCD」シリーズが制作された理由としては、2000 年後半以降インドで巻き起こったダンスブームが背景にある。
インドの古典舞踊とは違った、海外から入ってきたヒップホップやストリートダンスが人気となり、「Dance India Dance」や「Zara Nachke Dikha」などといったダンスオーディション番組も多く制作されるようになった。今でも「イ
ンディアズ・ゴット・タレント」や「ヒップホップ・インディア」、「スーパーダンサー」といったダンスを披露するオーディション番組がいくつもある。
そしてヒップホップダンススクールや大学サークルが多く作られる時代に突入したことに目をつけ、若者ウケを良くするために現代的なダンスシーンを多く取り入れた映画がいくつか制作されるようになったが、実は歌や踊りのイメージが強いインドでも、ダンスが主体の”ダンス映画”というのは、ほとんど制作されていなかった。
そんななかで制作された「ABCD」シリーズではあるが、インドにあるプロットタイプというわけではなく、「ステップ・アップ」や「ストリートダンス」、「ストンプ・ザ・ヤード」シリーズといった、ダンス映画から着想を得て制作されていることからも、ストーリー構造自体がアメリカやイギリス映画を意識したものとなっている。
例えば「ステップ・アップ」シリーズもそうだが、あくまでダンスパフォーマンスが中心で、ストーリーは二の次といった悪い部分も受け継いでしまっており、正直言って、ストーリーは、かなりざっくりとしたものとなっているし、本来は劇場で楽しむ 3D 映画ということも踏まえて、エンタメ要素のごり押しで何とかしようとしている部分はどうしてもある。
ストーリー部分で前作と大きく変化している点としては、脚本家に『ストリートダンサー』では、『勇者は再び巡り会う』(2015)や『スーリヤヴァンシー』(2021)といったローヒト・シェッティ監督作品の脚本に何度か参加したことのあるファルハド・サムジを起用していることもあって、インド・パキスタン関係や移民問題などといった社会派なエピソードを取り入れようとしているし、ダンスによって国や人種の壁は突破できるといった平和的メッセージ性も強くなっているようには感じられるともいえるだろう。
■ダンス・音楽における”インドらしさ”って何なんだ??
テーマのひとつとして、古典と現代音楽の融合がある。
現代のインド音楽は、フルイングリッシュなものもあれば、インドの言語ヒンディーやタミル、ベンガル語と英語のフュージョンなどもあったりで、大半は海外音楽の影響を受けている。そのなかで独自のものにしていく者もいれば、完全に海外に寄り添った者もいたりと、アーティストによって様々だ。
インドのアーティストだからといって、ダンスや音楽のなかに必ずしもインドを感じさせる要素を入れる必要性もないのだが、“インドらしさ”というものは何かを模索しているアーティストが多いのも事実としてある。
実際にオーディション番組などを観ても古典音楽にあわせてヒップホップダンスをする出場者も多い。
今作の舞台は、インドではなくイギリスではあるし、インド、パキスタン、イギリスの混合マッチではあるものの、そのなかでインドの古典音楽と現代ダンスの融合に向かっていく。つっこみ所として、主人公たちの所属するダンスチームの半分はパキスタン人なのだから、最終的にどちらかというと”インドらしさ”に向かっていく不自然さはあるものの、インドとパキスタン音楽は発展のスピードの誤差はあったとしても、共通娯楽としてあまり違いがないし、もともとは同じ人種だし、そこはダンス主体の映画なのだから、あえて真剣に考える必要はなく、何となく感じる部分であって、とにかく優しい目線で観てもらいたい。
そのテーマとは逆に、あえて国や人種で分ける必要はなく、少なくとも音楽においては国境などないといった、”インドらしさ”とは矛盾しているようなテーマも含まれて、音楽が世界をひとつにする。人類みな兄弟。といったような壮大なテーマを描こうしていることは、何となく見えてくる。
結局のところダンスパフォーマンスを楽しむ作品となっているのだから、アクション映画にストーリー性をそれほど求めないのと同じで、ドラマパートはそれほど真剣に考える必要はない。
■インドにおける振付師(コレオグラファー)とは??
今作含め、3 作とも振付師(コレオグラファー)のレモ・デソウザが監督を務めている。
長編監督デビュー作であるベンガル語映画『Lal Pahare’r Katha』(2007)からベンガル舞踊「チョウ」を扱ったものとなっていたり、2 作目『F.A.L.T.U』(2011)は、ジャスティン・ロング主演のアメリカ映画『トラブル・カレッジ/大学をつくろう!』(2007)にダンスシーンを多く取り入れたような作品であったことから、前々からダンスを主体とした、海外要素の強い作品を制作したい
と思っていたのだろう。
コレオグラファーというと、文字通り振付師という意味もあるのだが、インド映画においてはそれだけではなく、歌唱やダンスシーン、ミュージックビデオなどの演出や構成から関わるなど、すでに監督業に近い仕事をしていることも多く、『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(2007)のファラー・カーンや『シャウト・アウト』(2020)のアフメド・カーンなどのように映画監督業も
並行して行っている者も珍しくはない。
「ABCD」1 作目は、監督と同じく振付師でもあるプラブデーヴァーを主演に起用したが、2 作目では若い世代を指導する立ち位置にまわり、若者ウケの良いヴァルン・ダワン、シュラッダー・カプールといった若手スターが起用され、今作ではその 3 人が続投し、ストーリー自体の関連性がないにしても過去 2 作の主演それぞれに見せ場をもたせているという点では、一番パランスのとれた
作品ともいえる。
ただ、「インドのマイケル・ジャクソン」ともいわれるプラフデーヴァーがメンター的な立ち位置にいる時点で、ダンスの型が全体的にマイケル・ジャクソン風になっている。
■ノラ・ファテヒとレモ・デソウザのタッグはここから始まった!!
あくまで今作の主演はヴァルン・ダワンとシュラッダー・カプールではあるものの、初登場となるノラ・ファテヒのダンスシーンもかなり多く、影の主人公的存在でもある。
ダンスシーンの部分で「ABCD」シリーズと今作が圧倒的に違う点があるとすれば、ノラのエネルギッシュなダンスパフォーマンスが加わったことだ。
監督のレモ・デソウザとノラは、ホスト兼審査員を務める「ヒップホップ・インディア」でも再タッグを組んでおり、『ストリートダンサー』は、レモとノラが出会った記念すべき作品ともいえるだろう。
ノラは、もともとモロッコ系カナダ人ということもあり、インド系ではないのだが、インドエンタメに強い憧れを抱き、そのなかで逆に牽引する存在となったことからもインドエンタメ業界のなかでも異質の存在感を放っている。
またグローバル・アーティストとして、インドから世界に発信するアイコンとしても活躍しており、US ツアーやフルイングリッシュ楽曲の創作活動なども行っている。
さらに 2 月にリリースされた「Im Bossy」では、オーストラリアのバンドChase Atlantic のミュージックビデオを手掛けたジェシー・ボイルやビヨンセやブリトニー・スピアーズ、ジャスティン・ビーバーといった錚々たるアーティストの振付けを手掛けたジョジュ・ゴメスを起用し、さらにエネルギッシュなダンスに挑戦しているなど、留まるところを知らない活動家でもある。
『ストリートダンサー』以降は、アーティストとしての活動の方が目立っており、『Satyameva Jayate 2』(2021)や『Thank God』(2022)などでもダンスシーンのみに出演するアイテムガール的立ち位置の役が続いたノラではあるが、先日公開されたヴィドゥユト・ジャームワール主演のアクション映画『Crakk:Jeetega… Toh Jiyegaa』では、久しぶりにヒロインを務めるなど、今後は映画にも積極的に出演していく予定だ。
■『ストリートダンサー』作品情報
【ストーリー】
舞台はロンドン。インド系の青年サヘージ(ヴァルン・ダワン)率いるヒップホップ・ダンスグループ「ストリートダンサー」と、パキスタン系の女性イナーヤト(シュラッダー・カプール)率いるチーム「ルール・ブレイ カーズ」はライバル同士で、街中で鉢合わせするたびに、火花を散らすダンスバトルを繰り広げていた。そんな ある日、10 万ポンド(約 1,800 万円)の優勝金が獲得できるダンスバトル「グラウンド・ゼロ」の開催が発表される。別々の目標のもとグラウンド・ゼロに参戦したサヘージとナーヤトだったが、あるきっかけから友情が芽 生え、同じ目的を持ち、コンペティションを勝ち進んでいく…。
【クレジット】
監督:レモ・デソウザ(『フライング・ジャット』)
出演:ヴァルン・ダワン(『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』)、シュラッダー・カプール(『サ ーホー』)、
プラブデーヴァー(『R ラージクマール』)、ノラ・ファテヒ(『バーフバリ伝説誕生 完全版』)
2020 年/インド/ヒンディー語/142 分/G 原題:Street Dancer 3D
©Remo D’Souza Entertainment ©T-Series ©UTV Motion Pictures
配給:SPACEBOX
3 月 1 日(金)より新宿ピカデリーほか 全国ロードショー!